或いは出師の表と為り  鬼神も壮烈に泣く 

と文天祥の「正気の歌」にあって、そう言えば諸葛孔明ってどんなんだったかなと思い、本棚をひっくり返し宮川尚志の「諸葛孔明」をひっぱり出しもう一度読んでみた。劉備が孔明に会いに行って、孔明が語るところなんだけれど、このようにある。   

「その巖阻(がんそ)を保ち、西、諸戎を和し、外、孫権に結び、内、政理を修め、天下変あらば、将軍みずから益州の衆をしたがえて、もって秦川にいでなば、百姓たれかあえて箪食壺漿(たんしこしょう)してもって将軍を迎えざる者あらんや」  

これ、孟子だろう。  

孟子って結局、総力戦の思想だと思うんだよね。中国が統一されると、総力戦思想は薄れる。当たり前だ、世界が統一されていて平和であるなら、総力戦などというものをする必要はない。世界が分裂して、自らの生存を賭けて戦わなくてはならない秋において、総力戦思想は現れる。総力戦思想の精髄が孟子であり諸葛孔明であり文天祥であるだろう。   

日本がだよ、明治維新から日清日露、太平洋戦争の大敗北まで、強烈に持ち上げられて今にあるという、この歴史的事実貫くものは、東アジア総力戦思想の伝統だと思う。様々な思想が日本には流れ込んできたと思うけれども、近代日本をここまで持ち上げた一貫した言説は、孔明とかのラインにあるだろう。例えばだよ、箪食壺漿(たんしこしょう)してもって将軍を迎えざる者あらんや というのと、515や226の将校たちの感覚というはかなり近いものがあると思うのだけれど。