琴瑟(きんしつ)  

琴瑟 端なくも五十弦  一弦一柱 華年を思う 
(きんしつという弦楽器は弦が五十ある 五十ある弦のまさに一つの弦、その弦を支える一つの柱 使い込んであるそれぞれを目前に感じるたびに かつての華やかだった時を思い出す)  

荘生の暁夢 胡蝶に迷い 望帝の春心 杜鵑(とけん 意味ホトトギス)に託す 
(荘子の胡蝶の夢 夢で胡蝶になるか胡蝶が私の夢を見るか 古代の望帝がホトトギスに生まれ変わり 血を吐きながら歌ったという伝説か)  

この情 追憶を成すを待つべけんや 只だ是れ当時 すでに茫然 
(かつての思いは、今でもおぼろげなのに、未来においてはっきりと思い出すなんてことができるだろうか)    

現在過去未来があいまいに交錯するする中、荘子の胡蝶とか望帝とかを積み上げていく感覚がたまらない。あなたの人生が夢だとしても、胡蝶の夢は歴史的言説でしょう? という逆説的な感覚がたまらない。さに私達は何を確信して生きているのかと思い悩む。夢の中ですら、胡蝶や望帝を積み重ねていこうとする、東アジアのギリギリの粘り腰すら感じる。  ここまで言うと言いすぎかもしれないのだけれど、ローマ帝国は滅びても秦漢帝国は継続した理由というのは、漢詩の理念というかさらに言えば、漢字にあると思う。日本は漢字を失ってはダメだ。