琵琶行は白楽天の有名な詩らしい。漢詩の素養とか全然ないから、そんなことは知らなかった。読んでみると、ただただすごいと思った。明治以前の教養というのは漢文だったということなのだけれど、これはありえる選択だったとしみじみ思う。明治以降は、西洋論理優先ということになったのだけれど、これもよしわるしだろう。

では「琵琶行」 

軸を転じ 絃を発す 三両声 
(琵琶の軸や絃を調整しながら 三度琵琶をかき鳴らす) 

未だ曲調をなさずして 先に情あり 
(琵琶の曲は始まっていない、琵琶の情は始まっている) 

絃絃掩抑(えんよく)し声声思い 
(絃をはじく一音に思いをこめ) 

平生 意を得ざるを訴うるに似る 
(日常で表現しきれないことを琵琶にこめようとする) 

眉をたれ手にまかせて続々と弾き 
(頭をたれ手にまかせて続々と弾き) 

説き尽くす心中無限の事 
(表現しつくす 心の中で気づきもしなかったことまでも)  

たまらんよね。

個人の言論がここまで持ち上げられてあるというのは並大抵ではない。まあ、私のこのような表現自体が西洋合理主義的でつまらないとは思う。ただ黙って「琵琶行」を読めばいい。