ソクラテスというのはプラトンの対話編にしか登場しない、だから横溝正史の金田一 耕助みたいななものかと思っていた。  

でもそうでもないんだね。  

紀元前4世紀初頭のギリシャにおいては、ソクラテス文学というジャンルが存在していたらしい。

紀元前5世紀末、ペロポネソス戦争でのギリシャの混乱、アテネの敗北などによって、紀元前4世紀初頭のアテネはきわめて微妙な状況にあったという。価値観が振動するような状況で、様々な言説が自己の論理の正当性を主張しようとしていて、ソクラテスを非難するプロパガンダに対抗する言説集合が、ソクラテス対話編ソクラテス文学ということになるらしい。

様々なソクラテス文学が当時は存在していて、プラトンはそのうちの一つだということらしい。プラトン以外のソクラテス文学というのは、ほぼ失われてしまっているのだけれど、ローマ帝国時代の文献の引用から、ソクラテス文学のいくつかを推測できるという。けっこう大変な作業の集積だろうけど、ご苦労さんだとおもう。ありがたいよ、素人にはここまで出来ない。   

プラトンだけを読むと、プラトンとはとてつもない天才かと思ってしまうのだけれど、やっぱり時代に押し上げられたということもあったのだろう。  

しんみりしちゃうよね。 

プラトンだって、何もかも分かってあの言説を書いたわけではなく、ギリギリのところ、時代の最高到達点を言葉に残したということなのだろう。

プラトンの「国家」を読んだときの、世界がグラつく感覚というのは忘れられない。正確に表現すれば、何が正しくて何が正しくないかという自分の価値体系が微調整される感覚ということになるだろうか。

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