総力戦思想というものがある。日本も昭和に入って、金持ちと貧乏人が分裂した社会では、日本の総合力が発揮できないということで、国家が民衆の生活にまで手を突っ込むような、準戦時体制みたいなものになった。年金などの社会保障は、その淵源を戦中に発する。  ヒトラーの国家社会主義主義思想というのは、共産主義に少し遅れてはいるが、右からの総力戦思想のはしりだよな。  ヒトラーはホロコーストの悪辣ぶりで、その思想を言及することすら憚れるのだけれど、ヒトラーの思想の強力さというのは認めざるをえないと思う。    あと、プラトンの哲人国家と、ヒトラーの理想的ドイツ国家というのは確かに似たところがある。プラトンとヒトラーというのは対極にあると思うのだけれど、二人の理想国家がこれほどかぶるというのは、どういうことなのだろうか。プラトンは対話編という話し言葉の表現形式を採用したが、ヒトラーも演説重視、話し言葉の威力というものを強調している。この辺も不思議な一致ではある。ニーチェは、「プラトンごときが」などと言い、プラトンが基礎付けた西洋世界を相対化することに精力を傾けた。ニーチェ思想の完成形ともいうべきヒトラーが、またプラトンに近づくというのが、不思議なんだよね。この辺、循環しているのか?  もしかして永劫回帰?   もしかして、私、深遠を覗き込んでる?