私はファシストではないが、この本のすばらしさというのは認めざるをえない。ヒトラーとは、超一級品の思想、リアルな歴史観、懸絶した言語能力、を併せ持つ怪物だね。   ヒトラーの言語能力のすばらしさをいくつか上げてみよう。第一次大戦ドイツ敗北時の責任ある政治家について、ヒトラーはこのように語る。 「世界大戦で無益な犠牲となったすべての死者を念頭におくならば、そしてまた、われわれが今日直面している無限の惨めさを考えるならば、これら全てがただ、良心のない野心家や、官職を求める連中の群れに、大臣の椅子への通路を空けてやるだけだったことを知るならば、これらの卑劣な人間は、実際のところ、ごろつき、ならずもの、やくざ、犯罪者といったような言葉でしか呼ぶことができない」  ここまで言って、さらにここからのかぶせ方がすごい。  「そうでなければ、このような表現が言語の慣用中に存在する意味と目的が全く理解できなくなるだろう。これらの国民を裏切る連中に比較すれば売春仲介者はみんな、まだ紳士といえるだろう」   これが推敲した文章というのではなく、口述筆記されたものだというのだから驚く。   もう一つ例をあげよう。現代日本においてリベラルというのは急速に力を失っている。リベラルは結局口さきだけみたいなイメージになってきている。このイメージをヒトラーが語れば、このようになる。  「我々はより深い必然性の認識に従い、平和主義的おしゃべり連中の空想に抗議する。彼らはまぎらわしいことを言っていても、ほんとうはなお臆病なエゴイストだからである。われわれの理想は、公衆のための個人の献身によって実現されるものであって、臆病な知ったかぶりの連中や、自然の批判者の病的な観念によって実現されるものではない」  この言説の中には、リベラルのぼんやりとしたイメージが、ズバリ実体化されている。  この「わが闘争」という本は、日本においてどこにでも売られていて、全く自由に読むことができる。さらにヒトラーに対する評論は、ヒトラーのすばらしい言説は黙殺して、結果論を盾にヒトラーの失敗をほじくり返すばかりだ。  これは恐ろしいことだよ。  いい気になってやっていたことは、実は自らの足元を掘り崩すことだったという結果になるだろう。