ニーチェ「道徳の系譜 8」にこのようにある。  

「イスラエルみずからが、おのれの復讐の本当の手先を、まるで不倶戴天の敵ででもあるかのごとくに全世界の前で否認しこれを十字架にかけざるをえなかったことによって、イスラエルのすべての敵がちゅうちょなくこの餌に食いつけるようになったのだが、これこそは真に偉大なる復讐政策の摩訶不思議な魔術というべきものではなかったか」  

すなわちだね、イエスキリストというのは、ユダヤ人がユダヤ教の精神を西洋に送り込むための先兵ではなかったのか、というわけだ。これは面白い仮説ではあるけれど、論理の構造が陰謀史観になっている。陰謀史観とか英雄史観を語るものは、思考が単純な傾向があると考えて間違いない。考える力を出し惜しみするから、つい近道をするのだろう。  

ニーチェは悪いよね、まともに言論を積み重ねたのでは埒が明かないから、陰謀史観的なことを語って、思考訓練の足りないものをかき集めようということだろう。大量に集めれば、クレオンのような天才的なデマゴーグも混じりこんでくるだろうという期待だ。

ニーチェは、「道徳の系譜」にいたって、その思想レベルを下げてきたと思う。面白いし分かりやすくなっていると思うけれど、その分過激で単純で、100%真に受けるということは出来ない。 ニーチェもわざとやっているのだと思う。 

「道徳の系譜」のニーチェの言論をまじめに取って、自分は選ばれし人間だなんて思ったら勘違いの確率がかなり高いだろう。

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