ニーチェ「悦ばしき知識 290」にこのようにある。    

「自分自身を統御できない弱い性格の人々は、様式の拘束を嫌う。こうした醜い強制が課せられると、彼らは、それによって自分らが卑俗化されるにちがいないと感じる。彼らは、奉仕するやいなや、奴隷となる。彼らは奉仕することを嫌がる。そういう精神の人たちは、まあ第一級の精神でありうるが、いつも自分自身とその環境を自由な自然として、形成したり解釈したりしようと企てる。そうするのも結構だ。畢竟、、一事こそ必要だ。人間が自分自身の満足に到達することが」     


                これ、オレのことやんけ。   


この前も、妻から、

「あんた、ちょいちょい奇妙な仮説、言うよね」

なんて突っ込まれた。このブログでも、さんざん奇妙な仮説を語ったと思う。昨日も何か書いた記憶がある。あと、両親の墓参りに行っても、手を合わせて拝んだりはしない。意味の分からないことは、やりたくないんだよね。墓石に水をかけるのはやる。墓石がキレイになるような気がするから。仕事でも日常生活でも、整合性のとれた最低限のことをするように心がけている。ニーチェに性格が弱いといわれているのだけれど、確かに弱いかもしれない。自分がずうずうしい性格だと思ったことはない。  
でもニーチェが言うには、私のようなのは「第一級の精神」なんだったて。   

まあそれほどでもないけど。

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