カフカの小説の主人公というのは、物語世界に迷い込んだ一般人だと思う。もっと分かりやすく言えば、観客のいない芝居世界に迷い込んだ子供ということになるか。迷い込んだ子供は、芝居世界のルールというものをどうしても理解できない。一応、周りに合わせようとするのだけれど、つい合理的に考えてしまい、芝居世界の空気を乱してしまう。  
「変身」を読んだ人も多いだろう。あれは、芝居世界に迷い込んだザムザが、世界に同化することを拒否して毒虫となり、最後に作り物の月の美しさを拒否することによって死ぬということではないのか。  芝居世界が正しいのか、ザムザが正しいのか。  
カフカが死んだのは、1924年。その後の歴史を考えると、ザムザの方が正しかったということになるだろう。  

分かりやすい話をしよう。  

昭和の時代、歳をとれば人は成熟すると考えられていた。子供のころ親から、
「あなたも大人になればこのことが分かるよ」 
なんてよく言われた。ああ、そうなんだと思った。大人になれば、自然と物が分かるようになり、結婚して家を建て子供を育てるようになると思った。  
しかしあれから30年たって、現実はどうだろうか。実は何らかの努力をしなければ、いわゆる普通の生活というものは出来ないことは明らかだ。整合的に考えれば、かつての私たちは昭和という芝居に迷い込んだ子供だったということになる。もし昭和という芝居世界に違和感をもった子供がいたとして、その子供の違和感は正しかったと言わざるをえない。  

まさにカフカだろう。  

ヘーゲルは、「ミネルバのふくろうは夕暮れに飛び立つ」 と言った。真実は時代の終わりに明らかとなる。カフカの不条理世界は、現代において明確に明らかとなった。今の時代は終わりつつあると思う。