福沢諭吉のあの現代的な思考はどこから来たのかと思って。福沢の著作を読めば一撃で分かるのだけれど、現代人より現代的な考え方をしている。  例えば福沢が緒方塾で友人と議論をするとして、議論の題材は何でもよろしい。相手が甲の立場をとればこちらは乙で、相手が乙の立場をとればこちらは甲でという具合。議論上こだわるところは何もないという、まったくカラリとしたものだ。  福沢がいつからそうなのかというと、子供のころかららしい。福沢が子供のころ近所の神社の建屋に忍び込んで、ご本尊の箱を開けてみると石が入っていたという。何だこの石、と思ってそれをうっちゃって、その辺の石を代わりに箱につめてそのまま知らん振りをして、神社におまいりに来る人を、ただの石にお祈りしやがってと馬鹿にしていたという。   福沢の精神とはどういうものかというとを、私なりに考えてみる。  福沢にとって物事に価値観の緻密な序列の存在が前提としてあるわけだ。そもそも福沢の周りに価値観の序列というものがあって、それを福沢の明晰な頭脳がより緻密な序列にしたということだろうと思う。そもそも価値観の序列というのは無条件に与えられるものではない。歴史的に何らかの真理が存在して、その真理によって人間社会意識内での価値が整除され、価値観の序列という岩盤が形成される。福沢においては、価値観の序列という岩盤はあるが、価値を序列づけた真理は失われている。福沢の漢学軽視の論理というのは、価値の序列というはすでに岩盤なのだから、価値を秩序付けた漢学はもう必要ないだろうということだろう。  このように考えると、福沢諭吉の語る「文明」というのは、価値の序列、世界の傾きの、この延長上にある何ものかということになる。   価値観の序列というものはいくら天才でも無条件に与えられるものではない。福沢の場合で考えれば、それは福沢の父親に一部帰着するだろうと思う。福沢の父親というのは、漢学で身を立てることを望んだのだけれど、藩の事情で大阪で金の勘定を担当したという。分かりにくいかもしれないが、これってすでに孟子だよね。  結局、福沢といえども明治に突如現れた天才というわけではない。少なくとも親の代からの積み重ねというものがある。福沢の庶民に対する同情心が比較的薄いのは、この自らの意識のレベルが歴史的な積み重ねの結果だという認識の希薄さに由来するのだろうと思う。