丸山眞男は「日本の思想」の中で、日本には伝統的に思想の座標軸がないから、すぐ転向とかずるずるべったりになるとか、まあそんなことを言っていた。                                            これが昭和32年。                                                         で、「忠誠と反逆」の発表は昭和35年。この3年の間にちょっと丸山は反省したのではないかと思う。日本には思想の思想の座標軸がないとか、ちょっと言い過ぎたのではないか。太平洋戦争に大敗北したけれども、よく思い出してみれば、戦前の日本もそう全くの発展途上国というわけではなかったということなのだろう。             思想の座標軸がある日本近代の思想家で真っ先に思いつくのは福沢諭吉だ。福沢諭吉は「学問のすすめ」とか「文明論の概略」とかのなかで、江戸時代にえらそうにしていたアイツやこいつが実は思想の座標軸を全く持っていなかったなんていうことを散々書いている。福沢人気の本質というのは、ここのところを面白おかしく畳みかけるように語るということにあると思う。そして、福沢諭吉自身の思想の座標軸とは何かといと、これが文明とか、合理性とか、功利性とか、まあそういうものなんだよね。しかし正直、合理性とか功利性程度では、思想の座標軸をになうなんていう大任は十分には果たせそうにないよね。合理性とか功利性程度でも、それはないよりは個人的に世界を秩序付けるのには役に立つとは思うけれど。                                          丸山眞男は日本思想の座標軸として、福沢諭吉の後に、自由民権運動、内村鑑三のキリスト教などをあげている。大事なことではあると思うけれど、トータルで座標軸なるものとしては確かに弱めではある。            実際に日本は太平洋戦争で、あの大敗北だったわけで、日本思想の座標軸が弱かったといわれても、まずたちどころに反論できるわけではない。                                                  日本とは結局あの程度のものだったのか、それとも未来に何かを成し遂げて過去を止揚できるのか。それが問われる時が来るだろう。