丸山真男は「日本の思想」の中で、近代日本には精神史がないとか西洋のようなイデオロギーがないとか言っていたが、これは明らかに間違いだ。精神史とイデオロギーというのはつながっている。精神史というものは歴史の雰囲気史というべきもので、雰囲気史などというあいまいなものを記述するためには、何らかの中心概念に基づく世界観、すなわちイデオロギーというものが必要だ。                                       私は徳富蘇峰の「終戦後日記」を読んだのだけれど、これは見事に明治維新から太平洋戦争終戦までの日本の精神史になっている。丸山真男が近代日本には精神史がないと言ったのは間違いだった。それは存在していた。厳然と。                                                                では徳富蘇峰がどのようなイデオロギーで精神史を記述することができたのか。「終戦後日記」の最後の最後で、蘇峰自身、程顥(ていこう)と朱子の程朱思想、すなわち性善説と一君万民思想で家庭的教育を受けたと告白している。この性善説を内包した一君万民思想というのは全く強力で、いうなれば世界を切り裂くナイフのようなものなんだよ。このナイフは人々の生命をエネルギーに世界を切り裂く。よく思い出して欲しい。吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、大正以降の暗殺者達、一人一殺、515事件、226事件、これらは性善説を内包した一君万民思想を基底とした善意や正義から立ち現れたと思う。                                            そしてこの程朱思想がどこから来たのかというと、もちろん中国だ。私、中国研究家ではないのでよく分からないのだけれど、中国の歴史の厚みがすごすぎて、孟子、程顥、朱熹、王陽明、というラインが中国本土では埋もれてしまっていたのではないかな。                                                   日本は確かに中国に先駆けて近代国家というものを建設したかもしれない。しかしそれは西洋に対抗するイデオロギーを中国から引っ張ることが当時出来たということではないのか。これは別に日本の恥でもなんでもなく、ただ中国が巨大だったという、まあ当たり前のことに帰着する。