福沢諭吉は今読んでもキラキラしている。ほとんど文句のつけようもない。

しかし福沢諭吉をトータルで考えると引っかかるところもある。脱亜論とかもあっさり過ぎる感じもする。そして慶応大学というのはいつからお坊ちゃま大学なのか?なんていう疑問もわいてくる。
                                                       徳富蘇峰によると、慶応義塾とは福沢が明治初期に開いた学問の一大マーケットであって、そこに日本中の金持ち、土地持ち、有産階級の子弟を集めそれをまた全国に配布した、とある。
慶応義塾とは最初からお坊ちゃま学校だったらしい。
明治初期には東大はあったけれども、京大以下の帝国大学は存在していなかった。明治政府は慶応義塾に対抗するために帝国大学の整備を急いだということもあるらしい。                        

福沢諭吉のフクオウ自伝の中に、福沢が兄にお前は将来どうなりたいかと聞かれて、金持ちになりたいと答えたなんていう場面がある。福沢の思想の一つに独立自尊というものもある。

拝金主義と独立自尊。
                                                       徳富蘇峰が言うには、福沢精神の下落したるものが拝金宗で、福沢精神の最も浄化したるものが独立自尊である、という。

この言説は一理あるな。

福沢の文章というのは、文明的で論旨が明快でなおかつ読んで面白いという。頭のいいヤツはどんどん頑張れみたいな膨張主義的なところがある。これをさらに押し詰めて考えると、ぼんやりしたヤツは頭のいいわれわれインテリに思考を任せてくれればいい、悪くはしないから、みたいなことになるのではないかな。

福沢自身にはそのような意識はなかったかもしれないが、福沢の意識を継いだ昭和のリベラルにはへんな胡散臭さがあった。福沢には結局、「身を殺して仁をなす」のような優しさというか厳しさというかそういうものがなかった。別にこれは福沢の罪とか言うものではない。彼は彼なりにそのきわめて優秀な頭脳で日本の独立のための一筋の血路を開いたという、そういうことだ。問題は、戦後の自称リベラルが、優秀でもない頭脳で福沢のまねをしてリベラルの価値を押し下げてしまったことだと思う。                                     

韓非子に、自分が美人だと思った瞬間その女は醜くなるという言説がある。福沢のどこまでが美人であったかという、微妙な問題になるだろう。


徳富蘇峰終戦後日記 頑蘇夢物語 (講談社学術文庫) [ 徳富蘇峰 ]
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終戦後日記は全5巻で、一巻目だけが文庫化されています

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