社会保障の継続不可能性の問題は、年金の問題に帰着する。はっきりいってしまえば、日本財政を立て直すには年金を減額するしかない。もっといえば、年金制度を緩やかな生活保護方式にして資産のある老人の年金はカットするということになる。このようなことを言うと、今まで払った年金積み立て分を返せなどという意見が出てくるのだけれど、このような意見には何の拘束力もない。                                        そもそも年金というのは、その淵源を太平洋戦争中に持つ。日本国民が後顧の憂いなく戦えるように、総力戦の一つの実現態として年金制度は現れた。全体が救われる結果自らが救われるようなそのようなシステムだ。     正直、年金減額というのは政治的にはきわめて難しいと思う。回りの年金受給者に「国家財政が厳しいから年金は減額したらいいのではないか」なんて喋りかけてみるといい。老人達は烈火のごとく怒り出す。あたかも自分の信じている神が冒涜されたかのように。                                               日本は太平洋戦争で、総力戦を呼号しながら総力戦を戦いきれずに敗れたけれども、近い将来総力戦体制のシステムの一つである年金制度によって再び国が破れるだろう。団塊の世代は逃げ切ることが出来ないだろう。まあでも、国破れて山河あり、だ。日本が発展途上国レベルになったとしても、日本は日本だ。オシャレなランチを食べられなくなっても、いかつい車に乗れなくなっても、団塊の世代が快適な老人ホームに入れなくなっても、たいした問題ではないといえばその通り。ただ日本が哀れになることを避けるために、さらなる哀れに落ち込むようなことはお断りだ。私たちと私たちの子供達が、あの明治の時のように、またみんなで頑張れればそれはそれで幸せだ。