太平洋戦争ははるか昔の出来事ではなく、いまでも私たちを貫いている。憲法9条、安倍総理の呼号する総力戦、年金問題、それらの淵源は戦前、戦中にある。太平洋戦争とはなんだったのかと考えてみる。大国アメリカに小国日本が仕掛けた無謀な戦争。軍閥によって日本は間違った戦争に導かれた。戦前の日本人は馬鹿かきちかその両方か。まあこのような言説が戦後無数に積み重ねられてきた。これは正しいように聞こえるのだけれど、結局は結果論なんだよね。                                                         結果論ほどつまらないものは無い。戦後、結果論を積み重ねて太平洋戦争の評価がなされ続けたけれど、そのような言説を読む価値は全く無い。いくら私がばかげた暇人だかといって無意味な言説を無数に読むわけにはいかない。                                                                徳富蘇峰は「終戦後日記」で太平洋戦争の原因をこのように書いてある。                        「大東亜戦争は世界水平運動の一波瀾であった。いってみれば、明治維新の大改革以来の、継続的発展であり、いわば明治維新の延長であるといっても差し支えない。いやしくも一通りの歴史眼を持っているものは、この戦争は全く世界の水平大運動の、連続的波動であったことを、看過することはできない。しかるにその水平運動は、運動の拙劣であったために、水平どころか、さらに従来の差別に比して、大なる差別を来したることは、所謂事志違うものというの外はない。即ち水平運動の仕損じである、失敗である」                           私が思うのは、この蘇峰の言説を基本にして、すべては組み立てられなくてはならないということだ。戦後、橋川文三なども太平洋戦争の真理を究めようとした誠実な研究者の一人だったとは思うけれど、徳富蘇峰のこの言論にたどりつくことすらできなかった。                                                 徳富蘇峰は福沢諭吉の言論を継ぐものは自分であると自負していたが、これは全くの自己過信とはいえない。蘇峰のすごみはこの「終戦後日記」のなかに充満している。