朱子語類を読んでみた。読んだといっても抄訳なんだけど。朱子語類は全140巻で、正直とても通読できるものではない。日本は便利な国で、朱子語類の抄訳が文庫で出ている。ありがたいね。

朱子学の思想の核というのは、性即理という言葉にある。理というのはこの世界に存在する真理とか善とかというもので、性というのは世界が人間個々に付与してくれた真理の破片みたいなもの。これは全く革命的な思想だと思う。人間には価値ある何ものかが必ず組み込まれていて、生きる意味のない人間は本源的にひとりもいないという論理だからだ。
朱子活躍したのは南宋初期、12世紀後半だけれども、800年以上も前にこのような堂々たる言説体系を築いた中国社会の厚みというのは驚くべきものだ。

人間個人というのは弱いもので、簡単に「やらないとやられてしまう」なんていうイメージに落ち込んでしまう。実際にもそのような結果になりがちだ。いじめられっこをかばったら逆にいじめられるなんていうのはよくある話だ。多くの人間は、正直に生きたら損をするんだなと社会勉強なるものをする。しかし本当に強い人間はクソくだらない社会勉強を拒否するものだ。彼にはなにか譲れないものがあるのだろう。朱子学にはその強い人間の魂がある。
あらゆる人間に何らかの価値があるなんて考えてしまうと、弱い国においては滅亡の可能性まである。実際に南宋も元に滅ぼされた。南宋が滅びて朱子学が滅びたのかというと全くそんなことはない。元の後の明で復活し、日本には江戸時代に伝わり、明治維新の原動力にもなった。

そもそも全ての人間が生きる価値があるなんていう言説体系は、よほどの自信や歴史の厚みがないと生まれてこないものだろう。

19世紀以降東洋は西洋に圧迫され続けたけれども、そもそも中国というのは何度も滅びている。しかしそのつど蘇る。朱子学は興味深い思想ではあるが、その朱子学をここまで押し上げた中国の歴史の厚みには感嘆する。