孟子の浩然の気のところを読んだとき、これは強い正義感という意味だな、なんて思ったんだよね。このブログでも吉田松陰のところでそのことを書いた記憶がある。正直、浩然の気を強い正義感と言ったのでは、言い過ぎの範疇にはいるのではないかと思っていたのだけど、朱子語類の中でこのような言説を発見した。

「義理、その中に附かばすなわち浩然の気となす。もし義によりて発っせざれば、ただ血気なり」

現代語訳も付けときましょう。

「道理がそこにくっつけば浩然の気であるが、もし道理によらないで表に出れば血気にすぎない」

私の浩然の気に対する解釈というのはど真ん中だかだったのではないのか。ちょっと言い過ぎかと思ったがいい感じで朱子学的真理をついていたのではないか。

私もけっこうやるよね。