靖国神社には明治国家のために死んだ人たちが英霊として祭られている。英霊において重要なことは、個々の英霊は対等であって、その身分や地位において全く区別されないということ。

靖国神社は朱子学的一君万民イデオロギーの日本における一つの形だと思う。

この一君万民イデオロギーというのは、あの太平洋戦争でひどい負け方をしたことによって戦後日本では評判が悪い。リベラルといわれる人たちの攻撃目標もここにあった。リベラルを擁護するような歴史観というものが創造されて、戦後昭和にいてはリベラル物語というべきものか広範に流布されていた。

リベラル物語の最大のデマゴーグは司馬遼太郎だと思う。一君万民イデオロギーというものが日本で活発になったのは幕末と昭和初期だ。戦後の日本がすばらしく自由な民主国家だとするならば、一君万民イデオロギーなる全体主義思想が蔓延した幕末と昭和初期は同列に否定されなくてはいけない。それは同時に靖国神社も否定することになるだろう。靖国神社とは明治国家のために死んだ人を祭る場所であるわけだから。
司馬遼太郎は幕末と昭和初期、両方同時に否定するということをしなかった。昭和初期を下げて幕末をあげるという戦略をとった。司馬遼太郎は昭和初期を下げるために乃木希典を貶めるという方法をとった。乃木希典を貶めることによって、日露戦争後の日本は坂道を転げ落ちているという印象を操作しようとした。司馬遼太郎が幕末を上げるにおいて利用したのが坂本竜馬だ。この坂本竜馬なる人物、現代日本においては超有名人だが、戦前においてはどれほどのネームバリューがあったかわかったものではない。幕末を語るときに、吉田松陰とか西郷隆盛とか高杉晋作とかをメインでやってしまうとどうしても一君万民イデオロギーのテロリストを主役にしなくてはいけない。戦前を下げるために幕末を上げようとしている時に、幕末の主役がテロリストではまずい。自由な民主国家の起源にテロリストはふさわしくない。そこで創造されたのが坂本竜馬なのだろう。

司馬遼太郎はうまくやった。近代日本を否定することなく、昭和初期の日本のみを否定した。戦争はいやだった、しかし日本の近代までは否定したくないという人々の無意識の願望に、司馬遼太郎は見事に答えた。

靖国史観は、昭和初期の否定によって出口はふさがれたのだけれど、幕末の肯定によって入り口は死守した。一勝一敗ということになるのだろう。

まあ以上、私の能力のギリギリで幕末以降の歴史を靖国という切り口で相対化してみた。歴史というのは相対化の後が面白い。本当の歴史、もしもそのようなものがあるとするならだよ、その本当の歴史で靖国をとらえることが出来るとするなら、その中で靖国はいったいどのような地位を与えられるのだろうかと考えてみる。

うーん、これこそが難問だ。