プラトンの「テアイテトス」のなかにこのような言説がある。

「そこでの言論というのは、主人に向かって同じ奴隷仲間のことを云々する言論なのです。しばしばその競争は生命をかけて争われることがあるのです。そしてこれらの全ての結果として彼らには緊張と鋭敏とが生まれるのです。主人に阿諛するにはいかなる言論によるべきかという知識が生まれるのです。とはいえ、これによって彼らの精神は矮小になり、また不正直となるのです。つまりそれは必然的に曲がったことをさせるからなのです。それというのは、まだ若くてやわらかい彼らの精神の上には大きな危険が投げかけられて、はなはだしい危惧を覚えさせるからなのであって、それは彼らには、正しさや真実を失うことなしには持ちこたえることが出来ないものなのです。そのために彼らは幾度も幾度も捻じ曲げられたり折りくじかれたれたりして、ついには少しも健全なところをもつことなしに子供から大人になってしまうのです。そしてそれを自分達は、智恵者になったとか一目おかれるような人物になったとか思っているわけなのです」

現代においてここまで真っ直ぐな言説がはたしてあるだろうか。あまりに真っ直ぐな故に心に突き刺さる。ここまで本当の事を言わなくてもいいだろうと思ってしまう。


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【ポケモンGOでもやってまったりと生きましょう】


日経新聞のポケモンGO開発者インタビューで、ポケモンGOにはうつ病を癒す効果があると発言していた。

これはあるなと思う。
引きこもりがポケモン目当てに外出するようになって元気になるとか、これはそういう単純な話ではない。そもそも外出したぐらいで元気になるのならうつ病ではないだろう、最初から健康だろう。

フーコーは
神経症が隔離され保護された幼児期の産物であって、そのような文化にしか発生しない
と指摘している。
これをもっとよく考えてみると、神経症と精神分析学との関係も見直さなくてはいけない。神経症という病が存在するから精神分析学が必要だと考えてしまいやすい。物理法則があるから物理学が存在するみたいな。しかし近代において神経症が発生したとなると、近代の知の体系の一つである精神分析学は神経症の存在の結果存在するのではなく、神経症と精神分析学はコインの裏表なのではないのかということ。

まあ、このようなことを言うと精神科医は怒るだろうし、また逆にそんな言説は昔からあるとどや顔で言うヤツもいるだろうと思う。べつにそんなことはどうでもいいのだよね。

ポケモンGOのいいところは、リアルな画面にポケモンがふらふら浮いていて、なんだか素直な気持ちで子供に戻れるということだと思う。この世界での捻じ曲げられた大人と子供の関係を矯正してくれる様な、、だからこそ
うつ病に効果があるなんてうことにもなるのだと思う。
ポケモンGOにはこのプラトンの言説と似たものがある。だからより苦しい人がはまるような気がする。ブルーカラーよりホワイトカラーとか。

まあでも私、デスクトップのパソコンを一台持っているだけで携帯電話すら持っていない人間なので、スマほゲームの未来を占うなんてえらそうなことはそもそも言えないのだけれど。

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