プラトンは民主制を至上のものとは考えていない。

プラトンは「国家」の中で国制というのは、理想国家、名誉国家、寡頭制国家、民主国家、独裁国家の順番に堕落していく書いている。

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【プラトンにとって民主制は理想ではない】


別にプラトンの書いたことが全て正しいとも思わないけれども、民主国家というものが理想国家からの堕落である、それも3段落ちの堕落であるという仮説はものすごく斬新だと思う。

なぜ国家は堕落してしまうのかということを私なりに考えた。

その私なりの仮説というのは、
国家というのは一段階堕落する時に力のようなものを発散するのではないかということ。

例えをあげでみよう。

江戸時代というのは名誉国家体制だった。それなりにうまくいっていた。しかし幕末になるとウエスタンインパクトがきつくなってきて、今までのあり方では日本の独立を維持するのが難しくなってきた。日本はその一体性を維持するためにどこからか力を引っ張ってこなくてはならなかった。だから名誉国家から寡頭制国家に移行する時に生じるエネルギーを利用して日本は一体性を維持した。

もう一つ例をあげよう。

昭和初期、日本は日中戦争やアメリカの圧力に対抗するために、元手なしの力を必要としていた。そこで利用したのが、寡頭制国家から民主国家な堕落する時に得られるエネルギーだ。戦争自体は途中で降参したので終わってしまったのだけれど、残ったエネルギーを戦後の経済復興に振り向けて、まがりなりに今の経済大国があるというわけ。

このような考えは仮説に仮説を重ねているわけで、どこまで真実なのかは正直分からない。ただね、私の人生の中で最も出来のいい仮説だね。
子供のころから思うのだけれど、奇妙な知の体系に寄りかかって生きていくよりも、自分なりの仮説を作って生きていく方がより真理に近い生き方だと思うんだよね。

先進国にはもう一段階残されている。民主制国家から独裁性国家へ移行 した時、また莫大なエネルギーが手に入ると思うよ。
現在の安倍総理が展開しようとしているヘリコプターマネー政策は、結局この民主制国家から独裁性国家への移行時のエネルギーを無意識に当てにしているのではないのか。このようなことをせずに苦しくても出来るだけ謙虚に民主制にしがみついていたほうがいいのではないか。プラトンによると、民主制の次は人民が最も惨めに生活する「僭主制」国家だということになる。

中国に「王道と覇道」という言葉がある。王道とは徳によって統一すること。覇道とは力によって統一すること。覇道とは秦の始皇帝の道だ。苦しくてもね、王道によって物事を判断した方がいい。

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