はるか昔の人を感情が豊かだったとして美化することはよくある。アダムとイブの話とか、中国の伯夷・叔斉とか、日本では万葉の歌人に自己同一したりとか。
しかし古典以前の人間はどのような感覚の中で暮らしていたのかということをリアルにイメージするということは非常に難しい。ヴォリンガーは、人間の世界認識から古典以前の人間の世界観みたいなものを推測しようとする。
「人間の世界認識」なんて言うとちょっと難しいように思うかもしれないが、別にそんなことはない。現代日本にくらす人間は、この世界というものはまずまず合理的で信頼出来るものだということを前提にして暮らしている。人間と世界とは融和されて存在している。しかしそもそも人間と世界とは仲のいいものではない。世界は人間の事を別に特別扱いしてくれたりはしない。例えば日本人は富士山を特別扱いする。富士は日本一の山とかいって富士山をよいしょする。だけど富士山は日本人の事をなんとも思っていない。あたりまえだ。山なんだから。

まあこのような原初的な世界認識からヴォリンガーは出発する。

原初的な世界認識においては「不安」が支配する。世界は思い通りにはならないのだから不安になるということ。ゴリラは臆病だっていうよね。人間からすれば、あんなごつい体をして臆病なんてもったいないなんて思うんだけれども、結局原初的な世界認識の帰結というのは不安だったり臆病だったりするのだろう。

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そしてこの不安を克服するものが宗教であったり芸術であったりした。美とか芸術の原初形態とは、混沌とした世界を秩序付けようとする人間精神の戦いだったというわけだ。