美とは何かと問われたならば、いろんな人がいろんなことを言うであろう。では美についてさらにこのように問うたらどうだろうか。

様々な時代には最高の美といわれるものがあって、すなわち美とは時代によって遍歴するものである。ではその時代のどのような精神が、その時代の美を決定するものであるのか。

このように問われたならば、その問いの巨大さにたじろがざるをえない。このような巨大な問いに答えるためには何らかの世界の割れ目というか、思考上の足場のようなものが必要だ。ヴォリンガーはこの思考上場の足場を

「人間と世界との変化に富んだ対立」

に定立した。
私達は個人個人で世界についての何らかの認識を持っている。正義とはこうあるべきだとか日本人の道徳とは何だとか、そのようなことも私達の世界認識の一部分だろう。しかし「世界」なるものと私達の世界認識とがつながっているなどということは、いったい何によって保障されているのだろうか。実際ここのところは無条件に保障されているわけではない。戦争や革命や卑近な例で言えば会社の倒産などで今までの世界観が転倒するなんていうことはよくあることだ。
ヴォリンガーは、この人間と世界との関係性から生じる人間精神の傾向から、その時代の芸術を解析していこうということなのだろう。

このヴォリンガーの「ゴシック美術形式論」の訳はドイツ語を日本語に直訳したような感じで、ちょっと読みにくい。けっして読みにくいことが悪いわけではなく、ゆっくり読めていいぐらいのもの。だからここから何回かにわけてヴォリンガーの芸術論について考えていきたいと思う。