ヘーゲルの精神現象学とは、どういう哲学かと言うと、

人間の民族集団は、それぞれにある一定のルールに基づいた精神世界を形成していますが、その精神世界は過去から未来に向かって進歩発展していくものである、と考えます。で、ここからがヘーゲルのすごいところなんですが、その民族集団の精神世界がその終着駅にまで進歩した時には、人間は初めて人間を理解することになります。

もっと分かりやすくいいますと、

人間というのは、同じ時代に生きている同じ集団に属した人間と実感として一番分かり合えて、その時代や集団間の距離が離れるにしたがって、急速に互いに理解不能になっていきます。ところがヘーゲルの人間精神史なるものが完成した時には、自分が歴史のうえでどこにいるのかが分かるようになることによって、過去や未来の人間集団の空気を実感として理解できるようになる、

と言うわけなのです。

ここで問題なのは、人間の精神というものは過去から未来にかけて、本当に何らかの必然性を伴って進歩発展しているのか、ということです。
この問題をスルーしたとして、次の問題は、人間精神史を作るためには、過去に存在した社会をある程度まで再現して、それぞれの社会同志の関係性を詳細に研究しなくてはいけないと言う事です。ちっと考えてみてください。必然性をともなって生成発展する、滅びなかった文明、滅びた文明全てを包括する、人間の精神史。それは驚くほど巨大な論理体系になるでしょう。

職場や学校で、こいつは何を考えてるのかわからないなんていう人もいるでしょう。おじさんやおばさんは、最近の若い人は何を考えているのか分からない、なんて口にしたくなることもあるでしょう。でもその程度のことは、「精神現象学」を読むだけで、たちどころに理解できるようになります。ただ「精神現象学」を読むためのコストが若者を理解するためのコストよりはるかに大きいというのが難点なんですが。


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