「それから」は、30歳ニート男の代助が、友人の妻に手を出して親から勘当されるという、筋としてはただそれだけの話です。

このニート男代助が、友人に
「何故働かないのか」
と聞かれたときに、答えた代助のニート理論というのが秀逸です。

代助は、まず「社会が悪い」と言います。ここだけ聞くと、クズかと思いますが、ここからの展開がすごい。

代助の話を聞く前に、多少の予備知識を書いておきます。
「それから」は、明治42年発表です。日露戦争が明治38年終結しています。明治20年ごろから始まる産業革命で、日本は外国の資本を導入することなく、国内の資本でそれを成し遂げようとしますが、日露戦争において外債を調達し、大正3年の第一次世界大戦景気までその返済に苦しみます。
あと、「馬鹿」という言葉についてですが、現在においては、「馬鹿」というのは「頭の回転が遅い」という意味であろうと思いますが、昭和以前において「馬鹿」というは「一つの事を継続してやる事ができない」という意味です。

では、代助のニート理論を聞いてみましょう。


「第一、日本ほど借金をこしらえて、貧乏震いをしていいる国はありゃしない。この借金がきみ、いつになったら返せると思うか。そりゃ外債くらいは返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方面に向かって、奥行きを削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なもんだ。大きさ比べで牛と競争するカエルと同じ事で、もう君、腹が避けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、ろくな仕事はできない。ことごとく切り詰めた教育で、そうして目の回るほどこき使われるから、そろって神経衰弱になっちまう。話をしてみたまえ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、ただ今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。
日本国中どこを見回したって、輝いている断面は一寸四方も無いじゃないか。その間に立って僕一人が、なんと言ったって、何をやったって、仕様が無いさ」

代助は真理を突いていたと思います。ここから29年後に盧溝橋事件が起こり、大日本帝国の最後はあの通りです。世界が滅びるのなら、どの価値観に価値があるのかないのかの判断は非常に難しくなります。

今の時代もニートには厳しい意見を持つ人は多いでしょう。でも私は働いているから偉いというわけではないと思います。働いて、さらに社会に対して善意で働きかけるというのでなくては、論理は一貫しないと思います。働いてお金を貰っておしまいと言うのでは、ニートに対してとやかく言う資格にはならないのではないでしょうか。