「三四郎」は小学校の時に読んだ記憶がありますが、30年以上たって読み返してみて、これは小学生には理解できないと感じました。夏目漱石はここから偉大な作家になっていくであろう、ということがひしひしと伝わってくる作品です。

最初はコミカルな感じで始まります。三四郎は熊本から上京するために東海道線に乗っていて、
隣で熟睡していたオヤジが、ある駅についたらスクッとおきて汽車から降りるのを、三四郎は見て、
「よくあんなに都合よく起きられるものだな」
と感心したり、
食べ終わった弁当箱を汽車の窓から分投げたりとか。

三四郎は汽車の中で中学教師と思しき人物と話すようになります。その中学教師が言うのです、
「日本は哀れだ。日露戦争で勝って一等国になっても、こんな貧相な様子ではダメですね」
三四郎は
「日本もこれからだんだん発展していくでしょう」
と、しごく普通の会話を積み重ねていこうとします。ところがその中学教師の返答は驚くべきものです。ただ一言、

「亡びるね」

え?なんなのこれ。
なんで明治41年に昭和20年大日本帝国が亡びるってわかったの?
夏目漱石はすごい。最初はコミカルな感じで書き始めて、100年後の読者を油断させておいて、「亡びるね」の一言で、魂を鷲掴みです。これ、わざとやってんだろ。

三四郎も参加したある会合で、男が演説を始め、こう言うのです。
「我々は古き日本の圧迫を拒否する青年である。同時に新しき西洋の圧迫も拒否する青年である」

この気持ちはよく分かります。青春は麗しい。しかしこの思想は細く険しい道になるのではないでしょうか。そしてその結論は誰もが知っています。