俳句とか興味のない人がほとんどだと思います。しかし「墨汁一滴」は俳句を交えた随筆なので、俳句に興味のない人でもここには読んで感動する世界観があります。

現代に生きていると疲れますよね? 常時戦っているような気がしないでしょうか。
「墨汁一滴」において正岡子規は近代において戦う人間を応援しています。例えば、正岡子規は短歌の材料として「松葉の露」と「桜花の露」を比較しています。「松葉の露」は客観的、「桜花の露」は主観的であると判定して、主観と客観が分裂する以前の古ならともかく、近代に生きる明治人は客観的な言葉である「松葉の露」という言葉を使うべきだといいます。そして私達が疲れてしまうのは、この客観性ですよね。
一方で正岡子規は当時挿絵画家であった中村不折が頑張りすぎるのを心配して、
「不折は小さいキャンバスにも大きい景色を描く。大きい景色にこだわることはないのではないか」
優しい言葉を書いています。これを私なりに解釈すると、伝統に寄りかかって休息する事も大事な事である、ということだと思います。

人間は戦って疲れたら休む。これは当たり前の事であって、正岡子規はこの当たり前のことを主張しています。問題はどこでどのように休むかということ。幸いにも日本には歴史に培われた伝統というものがって、それを正しく覚えるのなら、寄りかかって心を休息させる事が出来るでしょう。俳句でも伝統的なルールのようなものがって、それを覚えて守っていいればある程度のものは出来、ある程度尊敬され、精神的に楽が出来るわけです。

正岡子規の「墨汁一滴」は、人生での戦う事と休息する事とのバランスの大切さを教えてくれます。バランスというは難しいのです。ですからこの本はすごくいい。