パリコミューンとは1871年、普仏戦争の敗北後のパリに起こった労働者階級を主とする民衆によって樹立された世界最初の社会主義政権のことです。

ルフェーブルはこのパリコミューン「祭り」だと前提するのです。パリコミューンは2ヶ月ほどで崩壊するのですが、もっとうまく政権運営すればパリコミューンは継続的に存在し続けたのではないかという議論が存在します。ルフェーブルはそのような議論を押しのけて、パリコミューンは祭りであるのだから、敗北したとしてもパリコミューンが存在した事に意味がある、というのです。

これは非常に興味深い仮説で、パリコミューンの全てを説明できるほどの力強さはないですが、パリコミューンの一部分を説明するのには十分な論理の切れ味があるのではないでしょうか。

太平洋戦争にもこの「祭り説」が成り立つのではないでしょうか。太平洋戦争が始まった時、多くの人がもやもやしたものが一気に晴れるようなすがすがしい気持ちがしたと言っています。太平洋戦争が終わったとき、これは太宰治の「トカトントン」を読むとよく分かるのですが、強烈な虚脱状態になったといいます。太平洋戦争は永久戦争だと喧伝されていました。永久に続くはずの祭りは終わってしまったのです。
祭りは全員参加です。いじけて祭りに参加しないなんていうのは、よっぽどの変人です。祭りとは太平洋戦争と同じで「総動員体制」なのです。パリコミューンは普仏戦争の敗北で祭りのスイッチが入ってしまったのですが、太平洋戦争のスイッチというのは日中戦争でしょう。太平洋戦争の原因は日中戦争であるとはよく言われることなのですが、当時の人もまさか日中戦争が永久戦争なんていう祭りのスイッチになっていたとは思わないわけで、考えるべきことは太平洋戦争の原因ではなく、太平洋戦争の構造でしょう。例えれば、大事なのは誰が引き金を引いたかではなく、誰が火薬をつめたのかという事です。

ルフェーブルの「パリコミューン」から私が引き出せるのはここまで。
私の思索の旅はまだまだ続きます。