太平洋戦争末期、戦艦大和特攻出撃の前夜に若い士官達の間で、何故自分達が愚劣な作戦で死ななければならないのかという議論になったとき、臼淵磐大尉は決然とこのように語ったという

「進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚める事が最上の道だ 日本は進歩という事を軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義に拘って、本当の進歩を忘れてきた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺達はその先導になるのだ。 日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか」

今から考えると、太平洋戦争とは日本を真に合理化するための歴史的試練のようなものだったと思います。ここでいう「合理化」というのは、能力の低いものを切り捨てて出来るものだけで社会システムの主要な部分を回していく、なんていうものではありません。現代的合理主義とは、それぞれの人間がそれぞれの能力に応じて自分の出来る事をなして全体に貢献し、全体すなわち国家は国民それぞれから最大のエネルギーを引き出すためのシステムを提供する、そういうものです。

まあでもこのような認識は太平洋戦争から70年たった後だからこそ分かるもので、当時の人は何のための戦争か分からないのが当然です。
ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つのです。

しかしこの臼淵磐は、太平洋戦争は日本を真に合理化するための戦争であると明確に認識しています。長期の極限状態が、明晰な頭脳を歴史を俯瞰できる高みにまで押し上げたという事でしょう。

現代日本も真に合理化されているわけではありません。どこにでも、誰かを下に見て自分は最低ではないのだと安心する人たちがたくさんいます。私にもそういうところはあります。あの戦争から70年もたって、こんな事では恥ずかしい。未来のために自分を投げ出すという、そういう心構えを日頃から持ちたいです。