先日わたしの勤めている会社で、一人のおじいさんがクビになりました。そのクビになった理由というのが、家賃をを滞納して管理会社から会社に何度も電話がかかってきたから、というものらしいです。そのおじいさんは独り者で、わずかな年金と安い給与で生活しています。パチンコが好きでよくパチンコの話をしていました。事情通によると、年金を担保にお金を借りていて、さらに同僚からも何万か借りていて、そして家賃を滞納ということらしいです。

私なんかは、いくら借金をしていても個人の借金と勤めている会社とは関係がないのだから解雇する必要はないのではないか、と考えます。まあ、会社には別の論理があるのでしょうが。

日本人には歴史的に二つの種類の人間がいると思います。自分を管理できる人間と、管理できない人間と。上記のおじいさんなどは管理できない人間の部類です。自分を管理できる人間といっても、これには様々あって、一番いいのは、全く独立不羈、良心以外まったく頭上にいただかず、という者だと思います。しかしこのような人は極めて少ない。長いものには巻かれろ的な人が多いです。日本においては明治以降、権力の中心からの絶対的距離によってその人間の価値が決まるようなところがあって、いうなればこれは長いものには巻かれろということだと思います。政府も自分を全く管理できない人間が多くなっても困るので、歴史的に様々な施策をもって、いわゆる平民、今で言うブルーカラーを制御しようとしてきました。それがあるときは、義務教育の施行であったり、年金制度の実現であったりしたのだと思います。

社会制度の安定性との関係で、この自分を管理できない人間をどのレベルで切るかというのが、一つの問題になってきます。日本の保守の源流は戦中の総動員体制にあって、故に比較的多くの人間を管理体制の中に取り込もうとします。これに対して日本のリベラルというのは、自分を管理できるやつだけ救っていこうみたいなところがあります。この辺が日本リベラルの弱いところなんですよね。

クビになったおじいさんは、まあ要するに救いようがなかったということかな? 助けてあげたいと思うけれど、私なんかにはどうにもならない。一度このおじいさんに、パチンコというのはその台のボーダー以上を回さないと論理的に勝てない仕組みである、ということをやさしく教えてあげようとしたこともありましたが、結局そのおじいさんは最後怒り出しましたから。

救いようがないのです。