本当の日本が古代にある。中国の影響を受けていない、国学風に言えば唐心のない日本。

明治維新とか、昭和維新とかいうものは、その本当の日本を追い求めるところの、精神の彷徨だったと思います。

実在が確実であると言う26代継体天皇以後についての日本書紀をみてみると、朝鮮半島についての記述が極めて多いです。朝鮮半島は近い国だったんですね。
27代安閑天皇が、
「この話し、よく分からないんだけど、分かるヤツいないの?」
と言うんです。部下が、
「その分かるやつ、というのはいま、朝鮮半島百済の方に行っています」
といいます。天皇は、
「じゃあ、連れてこいよ」
部下、
「わかりました」
しばらくたって、部下
「連れてきました」
連れてこられたやつ
「あのー、天皇なんでしょう?」

マジで、超現代語約すれば、こんな感じの会話が日本書紀にあります。
6世紀の日本ですら、かなりの交流が大陸とあったことがわかります。少なくとも、日本の指導者階級はかなり朝鮮半島、さらには大陸を意識していただろうことは確実です。日本のみの日本なんていうものを探すのは、かなり薄い所の物を期待する事になりますね。

西暦663年、日本は朝鮮半島問題に介入して、白村江の戦いが起こりますが、日本が送り込んだ軍隊は、なんと42000人ですよ。当時の日本の人口は400万人ぐらいですか、白村江の戦いとは、大変な戦争だったわけです。

古代においては、日本というものは大陸とつながっていたんだな。「日本」というものはあるだろうけど、しかし、日本は開かれてある。日本書紀をよんで、そう思いました。