大日本帝国は「総力戦」の名の下に太平洋戦争を戦いましたが、あれは本当に総力戦だったのでしょうか?

現代における「年金」だとか「社会保障」などというものは、その淵源を戦中に持っています。国民が安心して働けるように、まあすなわち安心して戦えるようにということわけです。私達は経済という戦争を満州事変に始まる総力戦の中で戦っているのです。

日本の総力戦体制が始まったのは昭和6年満州事変以降です。戦後総理大臣になった岸信介は満州事変後、軍部から満州に呼ばれて満州開発のグランドデザインを作ったそうですよ。そしてそのデザインはソ連の五カ年計画のまるパクリだったそうです。本人が自伝でそういっているから、まあその通りでしょう。

すなわち、「総力戦」「総動員体制」などと軍部が叫んだとしても、その準備期間みたいなものはたいしたことがない。ヨーロッパは第一次世界大戦で総力戦とはなんなのかを身にしみて理解しました。日本に比べて欧米は15年という時間を味方につけいてました。日本は欧米と総力戦を戦うための準備期間が短かったということです。

太平洋戦争で、陸軍と海軍は意思の疎通がまったくはかれませんでした。その状況は総力戦といえるのでしょうか? 戦争中は配給が滞り国民は闇市で生活物資を手に入れていました。その状況は総力戦といえるのでしょうか? 神風特攻隊に代表される最前線の将兵達は総力戦が戦われていると信じて死んでいったのでしょうが、総力を出し尽くしたのは彼らのみであって、日本全体として総力戦を戦ったなんていうことはとてもいえません。特攻隊が犬死だなんていう人もいますが、総力戦を戦いきった日本人を総力戦を戦いきれなかった日本人が批判するなんていうことは許されない。

あの太平洋戦争が正義の戦いであったか不義の戦いであったかなんていうことには意見の相違があると思います。しかしあの戦争で日本がひどい負け方をしたというは、衆目の一致するところでしょう。ひどい負け方の原因は日本兵が弱かったからだとか、日本人は合理的な思考苦手だからだとかなんていう意見は、これは全くの自虐民族史観だと思います。

この国には合理化するための時間が少し足りなかった、そういうことだと思います。