「進撃の巨人」という話、舞台はヨーロッパの中世風、人類は50メートルくらいあるような壁で囲まれた場所のみが生存圏で、壁の外側は巨人の世界です。しかしその巨人というのは知性がない。ただ世界をうろうろしていて、人間を見つけると取って食べてしまいます。

人類の中の多くの人たちは、壁の中で暮らしていればそれでいいのではないのかなんて考えています。少数の人たちは、巨人の世界に打って出てそれを駆逐し、より広い世界を見てみたいと切望しています。しかし、巨人に対して戦いを挑んだ人たちは、かなりの確率でやられてしまいます。相手は巨人ですし、わらわら集まってくるし、こちらの武器は多少の機動装置と剣ですから。

何故壁があるのだろう? 何故外の世界には巨人がいるのだろう?  巨人とはなんなのだろう? 
話が進むに連れて、このような謎が解かれていくのでしょうし、謎が解かれるにしたがって新しい謎が生じてくるのでしょう。

近代が始まる前、例えば日本で言うと江戸時代。人々は狭い共同体の中でみっしりと暮らしていました。そこで暮らしてさえいれば、生きる意味とか世界が存在する理由とかそんなものを考える必要はなかったのです。互いが互いを必要としあい、死に行くものと生きるもの、過去と未来が渾然となり、そこには現代とは別の世界があったのだろうと思います。
その狭い共同体の外に出るとどうなるのでしょうか。
現代にくらす私達は、共同体の外に出てどうだったでしょうか。

もう「生きる意味」なんていうものは無条件で得ることは出来ないのです。生きる意味とか生きる価値とか、そのようなものは現代において自分の中に見つけるものです。生きる意味を自分の中に見つけられない人は、すなわち「巨人」に食べられてしまうのですよ。
「進撃の巨人」のなかの巨人とは、全てを喰らう現代における虚無、そういうことだと思います。
そう考えてみると、主人公が巨人に変身して巨人と戦うなんていうのは卑怯ですよね。あなたの周りにいないですか?、私は人生の虚しさを悟りつくしてクールにやってますよ、なんていう人が。虚無の振りをして虚無と戦うなんていう態度はどうなんだろうか。虚無とよく戦うものは、この世界に生きる価値があると確信したものではないでしょうか。