この本は1982年初版ということですから、20年以上前の書かれたということになります。

当時は松田聖子に代表されるような「ぶりっ子」というものが流行っていてました。「ぶりっ子」とは、男目線での可愛い女性というものを強調するしぐさをする女性のことで、この「セクシィ・ギャルの大研究」でも言及されています。
私も当時リアルタイムで「ぶりっ子」を目撃しましたが、可愛いというより女性とは大変だなと思いました。自分らしさを強調するなら共感できるのですが、男性から見た女性らしさを強調するというのですから、平均的な精神力の人間ならアイデンティティーの崩壊まで考えられますよ。統合失調症ですね。

さすがに今はぶりっ子女性なんていうのはいなくなりました。そんな女性が好きな男性はキャバクラにでも行くしかないでしょう。
35歳以上で独身という男性には、このような女性の変化というものについていけなかったという人も多いのではないでしょうか。

しかし普通に考えれば昔の女性像というものが異常だったのではないでしょうか。
男性は「若い」女性が好きですよね。でも女性だって「若い」男性が好きなのですよ。
私の会社にもいます。40になって独身で、若い女性好きを強調する男が。私はやんわり言います
「女性だって若い男性が好きだって、うちの妹が言ってましたよ」
その男は顔を引きつらして
「男と女は違うんだよ」
と言っていました。私だって空気を読みますから、これ以上は突っ込まないです。馬鹿が馬鹿を言っている。鼻で笑って、あっそうみたいなものです。

カントは道徳とは何かというと
「人を手段ではなく目的として扱う事」
と言っています。
私はカントの言う事が全て正しいとも思わないですが、この自由主義の世界でやさしさというものが存在するなら、「人を手段ではなく目的として扱う事」というところから自己を形成していかなくてはいけないと思います。にもかかわらず「男と女は違うんだよ」なんて公言してしまえば、女性の人間性に対するやさしさを放棄することになります。そんな男は一生独身、一人でオナニーでもしてろということになります。私は自己責任と言う言葉は使いたくない。「自己責任」の概念は時代によって遍歴しますし、概念的強制になって人間性を損なう可能性もありますから。でもただ女性の人間性を否定してその結果彼女がいないというのは、自己責任というしかないですね。