寺田屋事件あたりから、大政奉還までの南木曽の話です。

大東亜戦争にいたる大きな原因は、明治維新にまで遡ると思います。この「大きな原因」の話はおいおいするとして、今日はまた「小さな原因」の一つを書きましょう。

それは、ドイツにひきづり回された、ということです。昭和11年に日独防共協定が成立します。昭和天皇はドイツのようなならず者国家と協定を結ぶのを嫌がったといいます。
しかし、その後昭和14年に独ソ不可侵条約。共産主義を排除していこうというのに、共産主義国家と不可侵条約ですよ。このへんでドイツは少しおかしい、と思わなくてはいけない。
昭和15年ドイツはポーランドに侵攻、これで第二次世界大戦が始まります。同年、日独伊三国同盟。戦争が始まっているのに、、日本は一度裏切られたドイツに肩入れして同盟。さらに踏み込んで、日ソ不可侵条約。
で、あろうことか、昭和16年6月、ドイツはソ連に侵攻、独ソ戦が始まります。

日本はドイツに甘すぎる。独ソ不可侵条約、独ソ戦と二度ドイツに裏切られているにもかかわらず、ドイツと共に連合国相手に戦う事になったわけです。

半藤一利氏の著書の中で、ある人が戦前の軍部について、こう告白しています。
「もうこのことは喋ってもいいと思うが、すべてはドイツのハニートラップにやられたんだ。軍部の人間がドイツに行くと、ドイツはメイドをつけてくれて、そのメイドは身の回りの世話をしてくれる。そうこうして、その軍人はドイツに弱みが出来るから、日本に帰ってもドイツについて強く言えなくなる。その点、アメリカは違う。ドイツ流のメイドをアメリカ政府に要求すると、アメリカ人の半分は女性だ。その女性の中で、誰と仲良くなろうが、それはあなたの自由だ、と言われるらしい」

正直、ガッカリするような話なんですよね。



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