徳富蘇峰というのは現代において人気がなくて、岩波文庫でもほとんどが絶版です。

福沢諭吉や中江兆民などは、国民精神の自由を強調し、明治維新後の日本独立維持への道筋を示してくれました。明治の日本人一人ひとりが精神の独立を達成するなら、必然的にトータルとしての日本も独立を維持できるであろうという、ある種理想主義的な主張です。
徳富蘇峰はその流れを継承して、「平民主義」というものを唱えます。精神の独立なんていっていても、結局は旧士族だけに語りかけているのではないか、大日本帝国臣民全てが精神の独立を達成すべきである、徳富蘇峰はそう考えたんだと思います。

この蘇峰の考え方に私は共感します。
ただ全ての人間が精神の独立を達成するということは現実可能なことなのでしょうか。

精神障害の夫婦が子供をつくることをどのように評価すればいいのでしょうか。
一人目の子供に障害があった場合、二人目をつくるべきなのでしょうか。

突き詰めて考えてしまうと、全ての日本人が開放されるなんていうのは夢物語なのです。

ところが戦争になると話は別です。近代の戦争は総力戦でした。日本の全てを傾けなければ戦争に勝てないとなると、結果全ての日本人に役割が与えられるのです。大日本帝国の名の下に全ての帝国臣民が精神の独立なるものを体感します。

究極の国家主義は平民主義なのです。

平民主義とは簡単に実現できてしまうものだった、しかし大事なのは簡単な道を選ばずに、平民主義と現実との相克に身をさらし続ける事だったという。
だけど日本はいいところまでは行ったとは思います。結局太平洋戦争で明治国家は崩壊しましたが、明治人の頑張りのおかげで、現代において日本はまずまずのポジションにいると思います。