丸山真男は1960年代以降政治学関連の著述からは撤退したそうです。

岩波文庫の丸山真男「政治の世界、他十篇」には、1947年から1960年までの丸山真男の政治論が集められています。
私がこの本を読むにあたって注意したことは、丸山真男の太平洋戦争観です。丸山真男の「日本の思想」を読んでみても、太平洋戦争の原因についてのピントがずれているのではないか、とは思いました。そしてそのずれている所を色川大吉や吉本隆明に指摘されてしまうのです。

本当に丸山真男は太平洋戦争の原因について思い至る事が出来なかったのでしょうか?

丸山真男は「政治の世界」で、
近代において政治指導者は人民のエネルギーを国に吸い上げるために、社会的価値をある程度被治者に分配した方が得策なのです。
と言っています。さらに、
被治者の政治的自覚の向上により、それだけ下からの権力への参与を求める声は熾烈になる。権力への参与を求める声に従って、指導者層が適度に権力を被治者に配分できれば、革命のリスクというものは小さくなる。指導者層が革命のリスクが大きいと判断すれば、指導者層は革命か対外戦争かの究極の選択をすることになるだろう。
とまで言っています。

普遍的な理論を語っているようで、明らかに戦前日本の政治状況のことを語っています。
丸山真男は、15年戦争の原因を知ってたんだよね。何故そこを突き詰めて語らなかったのか?

丸山真男は福沢諭吉に興味があるみたいで、福沢研究の評論を多く書いています。
私は、福沢諭吉は日本史上における屈指の天才だと思います。福沢の論法というのは、理想を感得し現実を認識し、現実を理想に近づけるためにはマキャベリズムをも辞さないというものです。福沢諭吉の言葉というのは、その時の政治状況によって変化していくのですが、それは矛盾というものではなく福沢にとっては何らかの合理的な一貫性があるのです。
同じ事が丸山真男にもいえるのではないか。丸山が戦後に書いた評論の数々は、その評論自体が真実を語っているというものではなく、時代を牽引するような役目が与えられてあるものなのではないでしょうか。

自由でありたいと思わないですか? 
ただボンヤリしていれば天才の手のひらで踊り、そして人生を終わるという事もありえます。