イギリスは19世紀にその巨大な姿を日本の前に現しました。

19世紀大英帝国は世界システムの中心、金本位制をコントロールするもの。
イギリス人は17世紀18世紀と国王を中心としてよっぽど頑張ったのかと、日本に暮らす私なんかは思うわけです。

でも全然違うんですよね。

17世紀18世紀のイギリスの下層階級(下層といっても8割の人間は下層ですから)では、子供が14.5歳になるとサーヴァントといって余所の家庭に住み込みで働きに出かけていました。日本で言うところの丁稚奉公です。ただ日本と違うのは、子供はみんなサーヴァントとしてそとに出てしまい再び戻ってきたりはしません。親が年老いて生活が維持できなくなると、よそから別のサーヴァントを雇うというシステムだったらしいです。

今とはよほど違う家族観の元で暮らしていました。

17世紀以前のどこかで、家族制度というものは崩壊したのです。セーフティーネットとしての家族制度もない、村落共同体もない、国家は自由主義全盛となると、落ちこぼれてしまったイギリス人というのは何処に行ってしまうのでしょうか。

そういう国家にとって役に立たないであろう人間はすべて植民地に掃きだしてしまいます。イギリスから結局掃きだされた人間は、17世紀18世紀の150年間で30万人から40万人だそうです。当時のイギリスは、イングランド、スコットランド、アイルランド合わせて人口が1100万ですから(日本は当時人口3000万)、30万人から40万人というとかなりの人口です。
そのような国内で食べていかれなくなって、植民地に移住した全ての人を含めての「大英帝国」だったのです。

そのような人間のはけ口があったから、イギリスには革命が起こらなかったとも考えられます。また、ゆっくり進歩出来たからか? 

ただイギリスの殺伐とした17世紀18世紀の下層民の状況と比べれば、江戸時代の農民の方が、よほどましな精神生活をしていたのではないでしょうか。

イギリスは産業革命が起こったから帝国になったのではなく、帝国になったから産業革命が起こったのです。ですから初期の大英帝国における民衆の絶望と希望の相克はとても大きかったのではないでしょうか。その辺のところを考えていけば、かなり面白いことになりそうです。