日本という国はお金を稼いだだけでは評価されませんよね。

ある集団がお金を稼いで、そして日本という国で皆が認める貢献をして初めて、その集団は日本指導者層ヒエラルキーに参加できます。日本において社会的に認められたと実感するためには、この日本指導者層ヒエラルキーに参加する必要があります。このヒエラルキーの最上位に天皇制があるのです。

多くの新興企業のホームページでは、社会に役に立つ企業、とか、アリガトウを集める、とかのキャッチフレーズが前面に掲げられています。
例えば、
3097物語コーポレーションは、
私達は自らを磨き、自ら意思決定が出来る、「自立した人」を目指します
とあります。
6059ウチヤマホールディングスは、
人の喜びを創造する企業であること
とあります。
株主なんていうのは、成長性とかPBRとかそんなものしか観ていません。ではその偽善的なキャッチフレーズは何のためにあるのか。結局のところ経営者の、日本指導者層ヒエラルキーに参加したいという社会的な願望の結果です。

日本において何らかの集団の指導者は、天皇制を頂点とする日本的ヒエラルキーに参加しようとすることによって、自らを正当化し自らを励まして、日々のエネルギーを調達しようとしているのです。
天皇制というものはかなり開かれた存在で、このような多くの集団から力を付与されています。そしてそれぞれの集団は、天皇制ヒエラルキーに参加しようとすることによって、自らを鼓舞しているのです。
全体として日本は成長していくわけです。これはね、実にうまく出来たシステムだと思います。

しかし、真に自由な人間は、天皇制なんていうものを必要とせずに、自らを励まし自らを開放していくべきではないでしょうか。

まあ私のような日本的ヒエラルキーに何の関係もない、一介のブルーカラーがえらそうな事を言ってもどうしようもないことなのですが。
天皇制というものが、日本において実質的な存在価値があるということは認めます。しかし遠い未来に日本人が天皇制を越えたもっと普遍的な価値を見いだすであろうことを、私は期待します。