場面は昭和20年と27年です。

太平洋戦争の理由というのはなんだったんでしょうか。大きい理由と小さい理由があると思います。

ドストエフスキーの「罪と罰」にキリーロフという登場人物がいます。ラスコーリニコフにキリーロフが語る場面があります。
「何故人は自殺しないのか。えっ、かなり多くの人間が自殺してるって? 私から見れば全く少ない。もっと多くの人間が自殺してしかるべきなんだ。自殺を押しとどめている理由に、大きいものと小さいものがある。大きい理由は「神」だ。小さい理由は「痛み」だ。
ラスコーリニコフ君、君の頭の上に、ものすごく大きな石があって、それが落ちてきたら、痛いかね? 痛いと思うかね? 大きな石が落ちてくれば、痛みを感じる前に死ぬのだから、痛みなんていうのは幻なんだ。自殺を押しとどめいてる、小さい理由である「痛み」なんてものは、幻なんだよ」

戦争で戦場に行く人というのは、せいぜい30代前半までの成年男子で、それ以外の人にしてみれば、戦争といえども直接生死に関係ない、それどころか、戦争を煽れば煽るほど気分がいいくらいのものです。515事件に民間人として参加した橘孝三郎は戦後の回想で、
「本当は参加するつもりはなかった。けれど、ある日バスの中で50歳くらいの男たちが、声高に話していた。不景気でどうしようもない。戦争でも始まらないものか。戦争するならアメリカだ。勝ったら金をがっぽり取れる。負けたとしても、アメリカならそう酷い事はしないだろう。それを聞いて、このままではダメだ。自分は敢えて困難な方の道を選択しなくてはいけない」
のような事を語っていました。
太平洋戦争に至る道、その「小さい理由」の一つは、日本人の中にある怠惰、だったと思います。



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