私の職場には中島さんという72歳のおじいさんがいます。私の父親は20年前に死んだのですが、生きていれば中島さんと同じ年齢です。

中島さんは記憶力がすばらしく、昔の話を私にいろいろしてくれます。職場の他の人は、おじいさんの昔話なんてめんどくさがって聞こうとしないのですが、私は昔話というのが大好きなのです。特に好きなのが中島さんの父親と母親の話です。中島さんは昭和18年生まれですから、その父親と母親は戦前の昭和が自分の時代だったのです。

戦前戦後の東京の政治家に中島守利(1877-1952 )という人がいました。中島さんの母親は学校を卒業した後、その中島守利先生の家で住み込みの女中をしていたそうです。先生の家はとても大きくて、何人も女中さんが居ました。中島さんの母親は春から働き始めたので、ニックネームは「ハル」でした。
女性のグループが二文字のニックネームをつけて呼びあうのは戦前からある事なのですね。
中島さんの父親は、戦前野菜の行商で生計を立てていました。中島守利先生宅は中島さんの父親の得意先だったそうです。

ああ、そこで二人は出会ったのですね。

中島さんの父親と母親は、戦後、家でよく中島守利先生の話をしました。中島守利先生とその奥様はとてもいい人たちで、中島さんの両親にとても親切にしてくれたそうですよ。

その後は、

中島守利は昭和9年、京成電車疑獄事件で有罪で議員失格。戦後二度衆議院当選。
中島さんの父親は昭和36年、肝硬変で死亡。
中島さんの母親は昭和40年大腸がんで死亡。

中島さんは現在、成人した子供が二人、血のつながった孫が4人、血のつながらない孫が2人です。

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