長谷川如是閑(1875-1969)

如是閑の評論は簡明で論理的、丁寧な文章で同時代を切るという感じで、きわめて好感が持てます。さらに明治、大正、昭和、戦後と生き抜いてその評論の時代的な幅広さというのも注目です。

官僚制というものはそれ自体が一つの体系になっています。時代が変わらなければ、官僚制国家もそのままで安泰なのですが、外部環境が変われば官僚体系も変化する必要が生じます。そもそも官僚とは国家が何らかの目的を果たすための道具なわけですから、国家の外部環境が変化すれば、官僚体系も変化するのは当たり前の話です。この官僚体系を規定するものというのは二通りあって、何らかの理想によって規定しようとするものと、歴史的な伝統によって規定しようとするものです。

大丈夫ですか? ついてきてくれていますか?

明治官僚制国家を理想によって規定しようとしたのは、福沢諭吉や自由民権運動、それに連なる皇道派、歴史的な伝統によって規定しようとしたのが、陸 羯南や三宅雪嶺、それに連なる統制派。分かりやすく色分けすれば、そういうことになるでしょうか。
長谷川如是閑はどちらかといえば、後者に属します。歴史的な伝統によって官僚制を規定しようとする場合大事なことは、歴史的な伝統とは何か、ということです。普通は楠正成だとか新田義貞だとか言うのです。しかし長谷川如是閑は違います。

長谷川如是閑にとっての英雄とは、「煮立てインゲンの爺さん」です。

長谷川如是閑が子供のころ、明治の半ばごろでしょうか、近所に「煮立てインゲンの爺さん」と呼ばれていた煮豆売りの老人がいたのです。その煮豆売りの老人は商売っ気とは全く別な興味をもって努力をしていて、理想のかまど、理想の火加減、理想の豆によって、最高の煮立てインゲンに到達していたのです。しかしその煮立てインゲンは一定の温度と一定の湿度によってその品質が維持されているわけですから、そのインゲンを味わう時間が限られています。少し早すぎても遅すぎてもその豆は真正の味を失うのです。
おじいさんは適当な時刻に釜から豆を移すや、裸足で家を飛び出し、

「にたてーいんげん」

と怒鳴りながら、町中を大急ぎで走るのです。グズグスしている客は置いてけぼりです。じいさんの走り出す時間は同じですから、客も時間になると豆用の容器をもって街角に立っているのです。買う方も売るほうも真剣です。

長谷川如是閑は、自分が教科書を創ったなら、この「煮立てインゲンの爺さん」の話を載せるであろう、そしてこのような人たちを「英雄」などというあたりまえの人間を軽蔑したような呼び方では呼ばないで、当たり前の人間同士が呼び合う名前で呼んだであろう、と言っています。

伝統から国家を規定していこうということは、突き詰めて考えれば繊細でヒューマンな事なのですね。現代の私達もこのような、誰にでも思い出の中に存在するであろう「煮立てインゲンの爺さん」を思い返すことによって、日本を少しでもよい方向に動かしていくことは可能であるのではないでしょうか。