明治20年において、華族には三種類あって、公卿家族、大名華族、明治維新で活躍した下級武士華族、に分かれます。四民平等というのを建前に、明治国家は成立するわけですから、本来華族なんていうものは必要ないはずです。しかし、そこが明治維新の革命が徹底しないところだったのでしょう。

大正維新だとか昭和維新だとか、いつまでも第二の明治維新が叫ばれたのは、華族や財閥の存在というのが関係しているのでしょう。

そしてあの敗戦が全てを押し流してしまった。血筋とか伝統で自分が他人より優れた人間であるはずだ、という幻想は日本からは消えてしまいました。こういう感覚を大事にしていかなくてはいけないです。

この本は明治前半における、爵のランクをめぐる哀れな狂想曲を丁寧に解説してくれています。伯爵が侯爵に昇格したって、結局は敗戦で何の意味もないわけですから、この本の丁寧さが逆に残酷さにつながる感じがすごくいいです。

一つ例を出しましょう。加賀前田家(侯爵)に生まれたマナー評論家兼皇室評論家(笑)酒井美意子(1999年没)の戦前における級友との会話です。

級友
「あのとき前田さんはだいぶ後になって朝廷側におつきになったのね」
酒井
「そうなの、だって将軍家とは親類でもあったし、うかつには動けなかったらしいのね。うちの父がいつも申しますの。あのとき立ち遅れたのはまずかったって」
級友
「ほんとね。だから論功行賞で損なさったのよ。もっとはやく兵を挙げてらしたら、侯爵でなくて当然公爵だったというお噂ね」

どうでしょう、このいかにもマリーアントワネットの取り巻き同士が交わしそうな会話は。いかにもフランス革命前夜という感じです。