無頼派の坂口安吾と、恋人を絞め殺してその一物を切り取り、ふところに抱えて逃亡した日本史上もっとも有名な女性犯罪者である阿部定との対談ですから、これは興味があります。
阿部定事件は昭和11年5月に起こっています。3カ月前には226事件が起こっています。新聞は事件を大きく取り上げ、情夫を殺した後にイチモツを切り取り、大事そうに持っていたという、好奇心を刺激しやすい内容で報道しました。
ところが安吾は、実際会ってみると、阿部定は普通の女性だったと言っています。
安吾のエッセイによると、阿部定の彼氏というのは、首を絞められるのが気持ちいいという性癖があったといいます。
こういう人はたまにいます。
彼に言われるままいつものように首を絞めてやっていたら、そのまま彼氏が死んでしまいました。愛する彼氏とそのまま別れるのが嫌で、彼氏の一物を切り取り胸に抱えて逃げた、ということらしいです。
戦前において阿部定事件は確かにセンセーショナルだったかもしれないですが、戦後になって何度も反省されるべき凶悪事件というわけではないでしょう。
阿部定事件は、なぜ何度も繰り返し話題になってきたのか、不思議な感じはします。
坂口安吾は昭和22年のエッセイで、
「お定さんが、十年もたつた今になつて、又こんなに騒がれるといふのも、人々がそこに何か一種の救ひを感じてゐるからだと私は思ふ。救ひのない、たゞインサンな犯罪は二度とこんなに騒がれるものではない」
と言っています。
人々が何かから解放されようとする時代に、恋人を殺して一物を切り取って抱えて逃げた女、というのは、日本的な
「民衆を導く自由の女神」
みたいなものでしょうか。
これは男の都合ですね。
戦争を始めたのも男の都合で、戦争に負けたのも男の都合で、阿部定を持ち上げるのも男の都合でしょう。
女性が社会で男性に伍していく現代においては、阿部定は忘れられていくでしょう。
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