magaminの雑記ブログ

2019年02月

坂口安吾は、太宰治が昭和23年6月13日に玉川上水で愛人山崎富栄と入水死した理由を「太宰治情死考」で語っています。

人が自殺した場合、その理由は残された者には分からないものです。告白するべき人は死に、分からないから残されたものは苦しむ。
しかし、坂口安吾は「太宰治情死考」の中で、太宰治の死を一時的メランコリーの結果だと断言しています。

まず、一部公開されている、太宰の妻にあてた遺書を以下に見てみます。

『子供は皆、あまり出来ないやうですけど陽気に育ててやって下さい たのみます。あなたを きらひになったから死ぬのでは無いのです。小説を書くのがいやになったからです。みんないやしい欲張りばかり。井伏さんは悪人です。』

「小説を書くのがいやになったのです」
というところは、文豪の悩みのように聞こえますし、
「井伏さんは悪人です」
というところは、思わせぶりな謎を残すような感じです。

ですから太宰治の自殺については、様々な推測が行われていますが、「太宰治情死考」の中で坂口安吾の語る太宰治の死の理由を見ていきましょう。

まず坂口安吾は相撲取り話から始めます。相撲取りは社会的な知識は全くないが、こと相撲に関しては大変な知識を有していると言います。実際このように語ります。

『角力トリのある人々は目に一丁字もないかも知れぬが、彼らは、否、すぐれた力士は高度の文化人である。なぜなら、角力の技術に通達し、技術によって時代に通じているからだ。角力技の深奥に通じる彼らは、時代の最も高度の技術専門家の一人であり、文化人でもあるのである。』

相撲取りは高度の技術専門家であるがゆえに社会的には非常識であると、坂口安吾は言います。これは作家も同じで、優れた作家というのは高度の記述専門家であるから、太宰治も社会的には非常識であったということです。

太宰治は山崎富栄という女性と心中しました。坂口安吾は、山崎富栄はあまり魅力的な女性とはいえなかったと言っています。「太宰治情死考」にこうあります。

『然し、こんな筋の通らない情死はない。太宰はスタコラサッちゃんに惚れているようには見えなかった。サッちゃん、というのは元々の女の人のよび名であるが、スタコラサッちゃんとは、太宰が命名したものであった。利巧な人ではない。編輯者が、みんな呆れかえっていたような頭の悪い女であった。』


wikiより

さっちゃんはなかなかの美人に見えますが、安吾の評価は低いですね。

安吾は、太宰が酔っ払って一時的にメランコリーになり、一緒に死のうと「すたこらさっちゃん」に言ったら、彼女は真に受けて丁寧に彼女の遺書を書き、よろこんで太宰の首っ玉にしがみついて共に玉川に入水したのだろう、と推測しています。

「太宰治情死考」にはこのようにあります。

『太宰は小説が書けなくなったと遺書を残しているが、小説が書けない、というのは一時的なもので、絶対のものではない。こういう一時的なメランコリを絶対のメランコリにおきかえてはいけない。それぐらいのことを知らない太宰ではないから、一時的なメランコリで、ふと死んだにすぎなかろう。』

芸道というものは常に崖の上を歩いているような厳しいものだから、太宰ほどの作家になると一時的な不調でメランコリーになって、つい自殺のまねごとをしてみるということはありえるということです。
ですから太宰の死をあれこれ考えて、その死因を確定するということはあまり意味がないということになります。

「太宰治情死考」の最期にはこうあります。

『芸道は常時に於て戦争だから、平チャラな顔をしていても、ヘソの奥では常にキャッと悲鳴をあげ、穴ボコへにげこまずにいられなくなり、意味もない女と情死し、世の終りに至るまで、生き方死に方をなさなくなる。こんなことは、問題とするに足りない。作品がすべてゞある。』



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梶井基次郎の「Kの昇天」は、K君が海で溺死した理由を「私」があれこれ考える、という内容の短編小説です。

ストーリーを追いながら、ゆっくり「Kの昇天」を読んでいきましょう。


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【Kの昇天を読む】


私が夜の浜辺を散歩している時に、私は奇妙な人を見つけます。その人は満月を背にして、うつむきながら前に進んだり後ずさりしたり立ち止まったりしていました。私は思い切って声を掛けました。これが私とK君との出会いでした。

私がK君に最初に抱いた印象は、

「のっぺらぼう」

というものでした。

K君が浜辺で何をしていたのかというと、月の光でつくられた自分の影を見ていたそうです。
本文にこうあります。

『影をじーっと視凝みつめておると、そのなかにだんだん生物の相があらわれて来る。ほかでもない自分自身の姿なのだが。それは電燈の光線のようなものでは駄目だ。月の光が一番いい。』

K君は奇妙なことを言い出しました。さらにこうかぶせてきます。

『影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれてこちらの自分はだんだん気持がはるかになって、ある瞬間から月へ向かって、スースーッと昇って行く。それはなんとも言えぬ気持で、昇天してゆくのです。』

月の光によってできる影に自分というものが移って、肉体という重しを失った自分は月に登っていくだろう、ということになるでしょう。
そしてK君は、この月への昇天にいつも失敗しているとも告白します。

k君は影にこだわります。

『ちょうど太陽の光の反射のなかへ漕ぎ入った船を見たとき、
「あの逆光線の船は完全に影絵じゃありませんか」
 と突然私に反問しました。』

もう一つ、K君の思い出話。

『「私が高等学校の寄宿舎にいたとき、よその部屋でしたが、一人美少年がいましてね、それが机に向かっている姿を誰が描いたのか、部屋の壁へ、電燈で写したシルウェットですね。その上を墨でなすって描いてあるのです。それがとてもヴィヴィッドでしてね、私はよくその部屋へ行ったものです」』

K君が溺死して、私は、

「K君は月へ登ってしまったのだ」

と感じます。

これで「Kの昇天」という話はだいたい終わりです。


【解釈】


この小説の解釈なのですが、K君は私のドッペルゲンガーである、とか、K君とは梶井基次郎自身の意味である、とか考えてしまうと、少し小説を読者視点に引き付けすぎだと思います。梶井基次郎の小説のいいところは、病という倦怠のなかにあってもチリチリと燃える生きる意志が垣間見えるところであって、あまり無理な読解をする必要もないでしょう。

この小説はファンタジーを読むような感じで接すれば、かなり楽しめます。



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梶井基次郎の「桜の樹の下には」は、「桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!」という出だしで始まります。
なぜ梶井基次郎はいきなり、桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!」などと言い出したのか。結論から言うと、梶井基次郎はある出来事によって生と死はつながっているというインスピレーションを得て、そのインスピレーションを桜に応用した、ということです。

この考えを基本にして、「桜の樹の下には」を読んでみましょう。



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桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!】


桜の樹の下には」の最初のほうに、このようにあります。

『桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった』

いったい梶井基次郎に二三日前、何があったのか。
彼は渓谷を歩いていたのです。するとウスバカゲロウの大群が上空に登っていくのが見えました。
「ほう、美しい」
と感嘆して、ふと下を見ると、大量のウスバカゲロウの死骸が水面に浮いていました。この出来事で、彼は生と死はつながっている、というインスピレーションを得たのでしょう。

実際にはこのように書かれています。

何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っている、そこが、産卵を終わった彼らの墓場だったのだ。
 俺はそれを見たとき、胸がかれるような気がした。墓場をあばいて屍体をこのむ変質者のような残忍なよろこびを俺は味わった。』

しかし桜の美しさを生の結果としても、ではその美は何の死とつながっているのか?

そこで彼が思い出したのが「安全剃刀の刃」
です。
家にあるいろいろな物の中で、彼にとってなぜか安全剃刀の刃はなぜか存在感がある。桜の存在感と安全剃刀の刃の存在感は同じ子ではないのかと彼は考えます。

実際にはこのように書かれています。

安全剃刀の刃なんぞが、千里眼のように思い浮かんで来るのか――おまえはそれがわからないと言ったが――それもこれもやっぱり同じようなことにちがいない。』

そして急に、ああそうだと、桜の樹の下には屍体したいが埋まっているんだと思うに至ります。

この辺は論理の飛躍みたいなものがあるので、少し言葉を埋めてみたいと思います。

死というものが、美しさを感じる気持ちや恐怖感につながっている。そして美や恐怖は桜や安全剃刀の刃のような物に結実するのです。
普通は桜や安全剃刀の刃が、美しいと思う感情や恐怖感を引き起こすと考えるのですが、梶井基次郎は、この常識を逆転して、美しいと思う感情や恐怖感が桜や安全剃刀の刃という物質に結実する、というわけです。

「桜の樹の下には」の最期のほうでこのようにあります。

――おまえはわきの下をいているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のようだと思ってごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。』

これは分かりにくいところでしょうが、これまでの論考に準じて考えると、
わきの汗というのは、恐怖感を抱いたときにかくものではなく、死につながっている恐怖感が汗という 物質に結実していると。だからその物は汗である必要性はなく、精液でもかまわないだろう?
という程度の意味だと思います。

そしてこの短編の最期の部分である

今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒がめそうな気がする。』

というのは、美しさというのを頭で考えていたのでは、美そのものに到達することは出来ない、ということでしょう。


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男の未婚という問題は、日本の中産階級の没落の結果でしょう。


無題


時代にも惰性というのはありまして、現状は上記の赤インの状態にありながら、実際の需要は青ラインのような二こぶ状態にあるということが推測できます。

現在日本の中産階級は、左の貧しい大きな山に移行するか、右の豊かな小さな山に移行するかの選択に迫られているということになるでしょう。現状において左の山に移行してしまうと、男の場合、女性を囲うことができなくなり、ただちに未婚という再生産不可能性の状況に転落してしまうことになります。

左の山に入っても半分の男は結婚できるのでは? と思われるかもしれませんが、五割の再生産レベルでは世代が三回転もすると9割が消滅してしまいます。

生き残りをかけで、現代日本では熾烈な言論闘争が行われています。政治的主張別にそれぞれの言論の根拠を推測していきましょう。






1 左翼リベラルの場合


彼らは失われつつある中産階級を再興しようともがいているのでしょう。自分が右の豊かな山に移行するのを潔しとしないと同時に、左の貧しい山に移行するのを恐れているのです。


2 ネット右翼の場合


ネット右翼には中小企業の経営者が多いと言われています。彼らはあくの強い守銭奴だと考えられがちなのですが、従業員の生活の維持にも責任を感じています。彼らの命である自分の会社の継続は、従業員の生活維持の延長線上にあるということを理解しています。
中小企業に未婚男性が多いという事実は、労働者再生産の不可能性の証明であり、自分の会社の継続不可能性の証明なのです。
この大きな継続不可能性の解消の方法として、一部の中小企業経営者は国家のより強固な一体性を期待するようになっているでしょう。


3 意識高い系の場合


彼らはとにかく右の富裕の山にたどり着こうとする人たちです。このような人は新自由主義的な言説を標榜します。

新自由主義的言説というのは、簡単に言えば「自己責任論」です。

ただ自己責任論を明確に標榜するのは、いまだ功成り名を成したとは言い切れない人たちです。完全に成り上がった人は何も言いませんから。
インフルエンサーといわれる人たちは、いまだ日本社会で確固とした地位を築いているわけではないですから、自己責任論というり自己努力論を主張します。努力すれば私たちのようにインフルエンサーになれるんだよ、というような言説です。
現実としては、インフルエンサーは努力のみでそのささやかな地位を築いたわけではありません。必ずどこかに幸運の「バズリ」があったはずです。バズリをてこの起点に今のポジションを得ていることは本人が一番自覚しているでしょう。
彼らの本心は、自分が逃げ切るであろうまで持ち上げてくれるであろう継続的バズリへの期待です。



【自らの永続性への願い】


様々な政治的立場の人たちが、自らの永続性への願いを込めて、様々に主張しています。
そして主張の結果は、上にあげた図の青の二こぶのラインに集約されていくしょう。

中産階級が崩壊したあとの日本にはどのような社会体制が立ち現れるのか、というのは非常に興味深い事象です。

その世界は現代の価値観からすれば、ある意味デストピアみたいなことになると思われますが、その辺の考察はまた次の機会にでも。


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自己肯定感が低いというのは、自分が周りの人に比べて劣っているとか、いろんなことをうまくできない自分が何だか恥ずかしいとか、そのような意味だと思います。



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【恥ずかしいとは?】


「恥ずかしい」とは、あるべき自分と現在ある自分とのギャップから発生する感情でしょう。

ああー、自分は彼らのような立場にいるべきなのに、今のような境遇に甘んじている。彼らに比べたら自分はダメだ、恥ずかしいと。

例えば、自分はかつて有名大学に通っていたとします。ところが途中でドロップアウトして、今ではトラックの運転手をしていると。
今の職業が自分にふさわしくないと思っているなら、大学の友達の前に出れば、自分を恥ずかしいと思うでしょう。
ところが、今の職業は自分に合っていると考えているなら、恥ずかしいとは思わないです。

自己肯定感が低いとは、今の自分とあるべき自分との間にかなりのギャップがあるということで、自分が分裂している状態では、一体性という幸せな状態に至ることは出来ません。

一体性こそが幸せなのです。
おいしいものを食べることが幸せなのは、おいしいものと一体になれるからです。
彼女がいるのが幸せなのは、好きな女性と一体になれるからです。

あるべき自分と今の自分が分裂している自己肯定感の低い状態は、ただちに不幸であると言えます。ですから、自己肯定感が低いから不幸なのではなく、自己肯定感の低さは、ただちに不幸であるということになります。


【自己肯定感の低さの解消】


自己肯定感の低さの解消というのは原理的には簡単です。あるべき自分という幻想を放棄して、今ある自分に自分を統一すればいいのです。

でもこれは、言うは易し行うは難し、です。そんなことは無理だろうと言われるでしょう。


【彼の場合】


有名大学に行って、トラックドライバーをしている彼の場合で考えてみましょうか。

彼はどうすれば救われるか。救われるパターンを考えてみましょう。

そもそも彼はなぜ有名大学に入れたのでしょうか? 
それは高校時代に勉強ができたからです。なぜ勉強ができたのかというと、ただ単にやってみたらできたからです。数学なんかもある程度までなのですが、パッと分かってしまうのです。学校に行くのはダルかったのですが、テストの時にやる気がないからといって、分かる問題を白紙回答するなんてありえないです。

テストでいい点数を取っていたら、君はこの大学だねと学校側から割り振られて、それなりに頑張ったら大学合格したという。
大学というのは、行っても行かなくてもいいわけで、やる気のない彼は大学に行かなくなりました。ただ無職だと食べて行かれないので、トラックの運転を始めるようになったら、何だか意外と居心地がよくて10年20年たってしまいました。

労働者の人って意外といい人たちなんですよね。給料日前、同僚に1万円を貸してくれと言われます。お金を貸すということはお金をあげるのと同じことだと、世知辛い世の中では教えられるわけです。彼もお金は帰ってこなくてもしょうがない、というつもりで1万円を渡します。ところが給料日当日、同僚は一万円を返しながら、

「ありがとね、これうちのカミさんが作った焼き豚」

と言いながら、なんだか味の濃そうなパック入りの焼き豚を差し出してきます。
みんなで助け合って生きているんだなー、と彼は感じます。
彼にとっては、気取った一流大学よりも、味の濃い焼き豚のほうが何だかほっとするのです。


このような話を考えた場合、あるべき自分を放棄して、今ある自分に自分を統一するということは全く無理ということはないです。


【歴史】


自分にあるべき自分を期待しているだろう人たちは、なぜそんな期待をしているのかというと、彼らも周りからあるべき自分の達成を期待されているからです。

壮大な循環になっています。

いつからそんなことになってしまったのかというと、歴史的にみれば、農民身分の上層部分は西南戦争後、農民身分の中層部分は第一次大戦後ぐらいから、そして下層階級まで一億総中流と言い出したのは昭和40年ぐらいでしょうか。

あるべき自分と今ある自分とのギャップというのは何らかの真理というものではなく、単に歴史的条件にすぎません。

自己肯定感の低さの解消というのは、全く無理というものではないと思います。



ニーチェの「曙光」には、小言説が575ある。これらは別に体系になっているわけではなく、ニーチェの様々な思いつきの断片みたいなもので、全てを理解できるなどという構造にはなっていない。



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150年前のドイツの価値観の相対化を目指す言説群であるから、理解できない言説部分があってもしょうがないとは思う。一番いいのは、多くの人が智恵を持ち寄って、ニーチェの言説の理解できる部分をそれぞれが競いながら分かりやすく提示するということだと思うけれど、なかなか難しいかな。
  
「曙光」の575の言説では、私にとって理解しやすいものもあれば、全く意味不明のものもある。そこて゛、私がギリギリで理解できたニーチェ「曙光」の言説を解説する。   

「曙光 188 陶酔と養育」   

この言説は、「民衆というものはひどく欺かれる。彼らはいつも欺くものを、つまりその感覚を興奮させる酒を求めるからである」 とはじまる。現代アメリカのトランプなんていうのもそうだけれども、ドイツではナチスという強力な雄蜂があらわれた。民衆は欺かれたと言えるけれども、民衆が強い酒を求めた結果とも言えるだろう。  
                     
ポピュリズム。
   
何故このような結果になってしまったのか。ニーチェは意外にもこのように言う。 

「養育よりも陶酔が重要であると考えるこの俗衆的な趣味は、決して俗衆の胸の奥で起こったものではない」   

ではポピュリズムという堕落はどこから来たのか?  

ニーチェはこのように言う。  

「それはむしろ、そこに選ばれそこに植え付けられ、そしてそこでか辛うじて残り、そして豊かに芽を出したのである。それは最高の知性の持ち主たちにその起源をもち、何千年も長く彼らの間で花盛りであったのであるが、民衆は、この立派な雑草がなおも繁茂することの出来る最後の未開地である」 

 ニーチェの言う何千年前かの最高の知性とは、まあはっきり言えばプラトンのことだろう。ニーチェの皮肉だね。プラトンの強力な言説が、何千年かの時を経て近代ヨーロッパ世界をここまで持ち上げたとするならどうだろう。西洋は全くの無から、世界を圧倒したところの近代以降のあの力を得たわけではないだろう?  
ニーチェのその言説を、私なりの言葉を押し込んで再現してみる。 

プラトンにによって選ばれ植えつけられ、そしてヨーロッパ中世の間に辛うじて残り、そして近代において西洋文明はその芽をだした。そして民衆の陶酔とは、その文明の最後の段階で繁茂するものである」  

はるか古代、プラトンの渾身の言説が、何千年かの時を経て、世界を持ち上げ一つの文明をつくる。ニーチェはそれを相対化して、文明の衰退を予言する。  

すばらしい。



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若槻礼次郎の明治大正昭和政界秘史を読んでのレビューです。

若槻礼次郎というのは、大正、昭和と二度総理大臣になった、かなり有力な政治家です。
昭和以降、二度総理大臣になった人物は4人しかいません。

若槻礼次郎
近衛文麿
吉田茂
安倍普三

若槻礼次郎は、究極的に頭の回転が速い人物です。慶応二年、明治維新の二年前ですね、島根県の貧乏な足軽の家に生まれます。コネも金もないところから総理大臣にまで上り詰めたのですから、よっぽどの刻苦勉励があったのかと思いきや、同書の中にたいした努力の描写もなく、東大に入り、大蔵省に入り、大蔵次官にまでなります。桂太郎に気に入られて、桂内閣の時、大蔵大臣。同書では、何故桂太郎に気に入られたのか、ということは書いてはいないのですが、行間を読むと、仕事が出来る、すなわち頭の回転が速いから自然と気に入られた、という感じです。で、桂太郎の誘いで、同志会の結党に参加。同志会総裁加藤高明内閣の時、内大臣。加藤高明逝去のあと、大命降下で総理大臣。

頭の回転の速い人物には、激動の昭和戦前も「簡潔」に見えています。

昭和恐慌の引き金になった、片岡直温蔵相の渡辺銀行破綻発言は第一次若槻内閣の時ですが、同書によると、この発言自体はたいしたことはなかったのだが、その後議会で政友会が、それ若槻が困っているぞ、もっと財界の暗部をばらしてやれ、見たいな質問を立て続けにしてくる、これには参った、とあり、それが台湾銀行の問題につながっていったと書いてあります。

第二次若槻内閣の時、満州事変が起こります。関東軍支援のために、朝鮮司令官林 銑十郎が二個師団を朝鮮から満州に送ったのですが、これが大問題。当時、朝鮮は日本であったわけで、国内の軍隊を天皇の勅裁もなく、議会も通さず、満州という外国に派遣するなどということは、まさに統帥権干犯です。若槻はこの二個師団の派兵に対して、予算措置をとらないという判断も出来たのですが、あっさりとその予算を認めます。戦前史の本のほとんどは、この若槻の判断を軍に対する弱腰、と非難しています。で、若槻の同書によると、この部分は、「朝鮮の師団が出てないならともかく、もう出てるんだから。兵隊が飲まず喰わずというわけにはいかない。満州軍が非常な冒険をしているのだから、これが全滅でもしたら、満州の日本人居留民どうなるのか」という判断で予算を許可。頭の回転が速いことをうかがわせる、まことにあっさりした判断です。

太平洋戦争が始まると、「こんなイケイケどんどんの戦争は、戦争ではない。子供の戦争ごっこだ」と一刀両断。一番面白いところは、東条英機の第一の参謀鈴木貞一について、
「鈴木というのは奇妙な答弁をする男で、石油生産の目標達成は日本国民に愛国心がある以上必ず出来る、などという答弁をする。こんな男をつかまえて問答する気にはなれない。あるとき東条一人に話を聞こうと思って呼べば、東条は鈴木を連れて行っていいかと聞く。こちらはそれが困るのである」
ちなみに、この鈴木貞一は戦後も生き残り、佐藤栄作などのブレインでもあったという。

若槻の同書は、簡潔で分かりやすく、面白い。頭がいいことが、それなりの価値を生む、そういう人生観。「真の価値なんてものがない以上、その程度の価値で手を打つしかないのでは」、若槻は私たちにそう訴えかける。きわめて現代的である。

本当にそうなのだろうか。


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坂口安吾「堕落論」での主張というのは、

日本人は、戦争が終わってまた元の日本的なこだわりの社会に戻るのではなく、そこをさらに突き抜け降下し、人間としての実感のある生活の大地に降り立つべきだ、

というものです。

これだけだとちょっとわからないかもしれないので、本文をたどりながら読んでみます。





【堕落論】


赤穂浪士の切腹の話から始まります。

『昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角の名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。』

赤穂浪士の物語は、日本的なこだわりにあふれている、ということでしょう。
この後、日本的こだわりの例がいくつかあげられます。

童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかった話。

戦争未亡人を挑発堕落させてはいけないという軍人政治家の魂胆で、この戦争中、文士は未亡人の恋愛を書くことを禁じられていた話。

武士は仇討のために草の根を分け乞食となっても足跡を追いまくらねばならないという話。

学生と娘は心中したくはなかったし、戦争未亡人は操をたいして守りたくもなかったし、武士はかたき討ちなど本当はやりたくなかったのだけれど、日本的こだわりの同調圧力で、やらなくてはいけないかのような気になってしまったということでしょう。

そして個々の日本的こだわりが一つになり、巨大なうねりになったものが日本の歴史であると安吾は言います。
安吾は以下のような表現をしています。

『歴史は個をつなぎ合せたものでなく、個を没入せしめた別個の巨大な生物となって誕生し、歴史の姿に於て政治も亦また巨大な独創を行っているのである』

【戦争】

そしてあの戦争とは何だったのか?
安吾はこのように言います。

『この戦争をやった者は誰であるか、東条であり軍部であるか。そうでもあるが、然し又、日本を貫く巨大な生物、歴史のぬきさしならぬ意志であったに相違ない。日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったにすぎない。』

さすがの論考ですね。

あの巨大な戦争の時に、日本人は細かい見栄やこだわりに関わりあう暇がなくなってしまって、大きな運命に身を任せるような状態になってしまったといいます。それを安吾は美しい理想郷のようだったと言っています。

『近頃の東京は暗いというが、戦争中は真の闇で、そのくせどんな深夜でもオイハギなどの心配はなく、暗闇の深夜を歩き、戸締なしで眠っていたのだ。戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。それは人間の真実の美しさではない。そしてもし我々が考えることを忘れるなら、これほど気楽なそして壮観な見世物はないだろう。』

しかし戦争は終わり、日本人は元の日本人的こだわりの場所へ戻るのでしょうか。
戦争という巨大な世界を見た後では、なかなか元のこだわりの世界に戻るのは難しいというか、バカバカしいみたいなことはあるでしょう。そもそも日本の場合、変な非合理性にこだわって大惨敗を喫したというのもありますから。

日本人はこだわりの世界のもっと底から、恰好をつけるような場所ではなく、好きな女には好きというような場所から自分たちの生活を積み上げていかなくてはならない、と安吾は言うわけです。もっともです。
じっさいはこのようにあります。

『戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。』

恰好をつけて生きるような、そんなくだらない高みからは堕ちろと。そのような高みがくだらないということは、まさに戦争が教えてくれただろう、と。

現代という平和な時代に長く生きていると、恰好をつけて生きるのが有利な場合が多いですから、なかなか堕ちるというわけにもいかないのですが、一応「堕落論」的世界を知っておくのも悪くないと思います。


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坂口安吾「続堕落論」は「堕落論」の進化バージョンです。
その内容というのは、

こだわりや気取りなんていうものは、結局人を弱くする。人は現実の生活の中からこそ強い自分を作るべきだ、

ということを主張するものです。

「続堕落論」は、日本人のつまらないこだわりを一つ一つ挙げながら、最後に

「戦前のように気取れなくなったからといって、いつまでめそめそしてるんだ!!」

と絶叫するかのようなパターンをいくつも積み重ねていく、という構成になっています。

実際に見ていきましょう。


繝・Μ繝シ, 蝣戊誠縺励∪縺励◆, 繝薙・繝�, 豬キ, 鬚ィ譎ッ, 縺ァ縺�, 遐よオ�, 繧ウ繧ケ繧ソ, 豌エ


続堕落論】

最初は新潟の石油成金の話。

『中野貫一という成金の一人が産をなして後も大いに倹約であり、安い車を拾うという話を校長先生の訓辞に於て幾度となくきかされたものであった。百万長者が五十銭の車代を三十銭にねぎることが美徳なりや。』

金持ちが小銭を節約するのが美徳とされるような気取った社会なんてウンザリだっただろう、というわけです。

次は農村文化の話。

『戦争中は農村文化へかえれ、農村の魂へかえれ、ということが絶叫しつづけられていた。一口に農村文化というけれども、そもそも農村に文化があるか。文化の本質は進歩ということで、農村には進歩に関する毛一筋の影だにない。』

気取った都会人が農村にあこがれて農業を始めてみても、現実は厳しいというのは今でも同じです。

次は、額に汗することが大切だというこだわりについての反論。

『必要をもとめる精神を、日本ではナマクラの精神などと云い、五階六階はエレベータアなどとはナマクラ千万の根性だという。すべてがあべこべなのだ。真理は偽らぬものである。即ち真理によって復讐せられ、今日亡国の悲運をまねいたではないか。』

そんな非合理なことだから戦争に負けたんだ、と言われたら何も言い返せません。

そして、天皇制とは、日本がこだわりや気取りで首が回らなくなった時のための安全弁みたいなものであるという話。

『たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕ちんの命令に服してくれという。すると国民は泣いて、外ならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!我等国民は戦争をやめたくて仕方がなかったのではないか。そのくせ、それが言えないのだ。』

気取った左翼が天皇制は必要ないなんて言うことがありますが、彼らのような人にこそ天皇制は必要なのでしょう。


【堕落とは】

坂口安吾は、このようにこだわりの馬鹿馬鹿しさを列挙して、気取って持ち上げられた世界からの離脱、すなわち堕落を叫びます。
真実の大地に降り立ち、好きな女には好きと言って、互いに裸で抱き合え、というわけです。

好きあった男と女が真実の大地に降り立ち裸で抱き合うというのは、はるか昔から変わらない真理でしょう。

しかし、この堕落の話は終戦直後の混乱期だったから説得力があったので、いまの平和な時代で堕落とかしていたらまずいのではないのか、という意見はあると思います。
妻や子供がいる立場で淪落の恋とかあまり自分勝手なことをして人を傷つけてもどうなのかとは思います。

こういう意見に対して坂口安吾は、

『善人は気楽なもので、父母兄弟、人間共の虚しい義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに全身を投げかけて平然として死んで行く。だが堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野こうやを歩いて行くのである。善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ。』

といいます。

歎異抄の有名な部分のなぞ解きまでされては困りましたね。

これはギリギリの場面での話であって、オヤジがキャバクラでキャバ嬢に入れあげいていいということではないでしょう。


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坂口安吾「風博士」は昭和6年発表です。

風博士という短編は、そのまま論理的に読んだのでは解析できないと思います。


ツリー, 冬, 裸の木, コナール, 枝, 風邪, ネイチャー, シーズン, 空

【風博士内容】

風博士は遺書を残して失踪したのですが、風博士の弟子であるらしい話者は遺書を根拠に、風博士は自殺したと断言します。
確かに遺書の最期にはこのようにあります。


『負けたり矣。刀折れ矢尽きたり矣。余の力を以てして、彼の悪略に及ばざることすでに明白なり矣。諸氏よ、誰人かよく蛸を懲こらす勇士なきや。蛸博士を葬れ! 彼を平なる地上より抹殺せよ! 諸君は正義を愛さざる乎! ああ止むを得ん次第である。しからば余の方より消え去ることにきめた。ああ悲しいかな。』


そして実際に風博士の自殺現場に、この弟子はいました。
このようにあります。


『已すでにその瞬間、僕は鋭い叫び声をきいたのみで、偉大なる博士の姿は蹴飛ばされた扉の向う側に見失っていた。僕はびっくりして追跡したのである。そして奇蹟の起ったのは即ち丁度この瞬間であった。偉大なる博士の姿は突然消え失せたのである。』


風博士は風になってしまったのです。
風博士は自分の意思で風になったので、この弟子は風博士の風への変化を自殺だと言っているわけです。

遺書によると、風博士が自殺した原因というのは、自分の奇妙な学説をタコ博士なる人物に否定されたから、ということになります。
あと、タコ博士に妻を寝取られたから、という理由も書いてはありましたが、そもそも風博士が失踪したのは、自分の結婚式の当日ですから。
風博士は、タコ博士に妻を寝取られたことを遺書の中でこのように書いています。


『余の妻は麗わしきこと高山植物の如く、実に単なる植物ではなかったのである! ああ三度冷静なること扇風機の如き諸君よ、かの憎むべき蛸博士は何等の愛なくして余の妻を奪ったのである。何となれば諸君、ああ諸君永遠に蛸なる動物に戦慄せよ、即ち余の妻はバスク生れの女性であった。彼の女は余の研究を助くること、疑いもなく地の塩であったのである。』



これから推測するに、タコ博士の奪ったであろう風博士の妻とは、単なる植物だったと思われます。

この風博士というのは、自殺前においてまともに喋ることもできません。
このようにあります。


『つまり偉大なる博士は深く結婚式を期待し、同時に深く結婚式を失念したに相違ない色々の条件を明示していた。
「POPOPO!」
 偉大なる博士はシルクハットを被り直したのである。そして数秒の間疑わしげに僕の顔を凝視みつめていたが、やがて失念していたものをありありと思い出した深い感動が表れたのであった。
「TATATATATAH!」』



風博士は

「POPOPO!」
「TATATATATAH!」
ぐらいしか喋ることができない知能レベルです。これでは2歳児程度でしょう。

風博士は風になり、最後の復讐としてタコ博士の体に入り込み、タコ博士をインフルエンザに犯して話は終わります。

【風博士解析】

話者の話を全てまともに採用したのでは、「風博士」は解析不可能でしょう。この話者が語る風博士の部分は全く信用できません。
喋ることもできない人物が遺書を残すというのもおかしいです。


『そして其筋の計算に由れば、偉大なる風博士は僕と共謀のうえ遺書を捏造ねつぞうして自殺を装い、かくてかの憎むべき蛸たこ博士の名誉毀損をたくらんだに相違あるまいと睨にらんだのである。』



などとは書かれていますが、風博士の遺書は、話者である「僕」が捏造したのでしょう。


「風博士」のなかで、風博士に関する部分がすべて信用できないとなると、この短編にはほとんど内実が残らないのではないかと言われそうなのですが。

【結論】

この「風博士」という短編は、頭のおかしい人物が死んだというだけの事実を、死んだときに風が吹いていたという事だけを話者が自分に引き付けて、狂人の内面までも推測しながら構成されたものでしょう。

親が死んだときに、遠くにいる子供の枕元に親が現れて何かしゃべった、というような話はよくあります。狂人が死んだときに風が吹いていた、だから狂人は風になったのだ、と考えてもそれほどおかしい話というわけでもないでしょう。

狂人を弔うために、狂人の狂った世界を再構成してみようという考えもあり得るでしょう。



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