magaminの雑記ブログ

2019年01月

高3の娘が今日もセンター試験。

昨日と比べて今日は試験の始まる時間が遅いらしく、何だか娘はまったりしていたのでしゃべりかけてみた。しゃべりかけてみた、なんて言っても、いつも普通にしゃべっているのだけれど。

「あれー、なんか昔のママに似てきて、可愛くなってきたんじゃないの?」

「自分の遺伝子を継いでるから、可愛く見えるんじゃないの?」

「あれー? 遺伝子とか言い出した? 今日、生物の試験でもあるの? 
でも最近、俺、思うんだけど、個別の遺伝子とか特別に意味なんてないんじゃないかって。大切なのは人間全体の遺伝子であって、個別の遺伝子とか、遺伝子全体にとっては、大いして意味なんてないんじゃないかって思うんだよねって、この話もっと聞きたい?」

「聞きたくない」

「ダーウィンの進化論っさー、個別の遺伝子変化が積み重なって大進化に至るっていう話なんだけれど、これって、近代の価値観にあわせた単なる仮説なんじゃないの? 個別の遺伝子が大切だなんて、近代的趣味趣向に合わせられた単なるイデオロギーなんじやないの? だってその証拠に、150年たったって、進化論自体、全然証明出来てないじゃん」

「パパー、千円ちょうだい。電車代」

「はい、千円。気を付けて行ってきてね。
北の大地には、ある種の蝶がいて、その蝶々は毎年何千匹となくさらに北に向かって飛び立つらしいよ。飛んだところで、そこはめっちゃ寒いから、北に向かって飛んだ蝶たちはみんな死んじゃうんだって。一見無意味な行動のような気がするんだけど、もし温暖化でより北の大地が温かくなっていたら、そこで繁殖できるという意味らしいよ」

「その話は聞いたよ」

「何回でも聞きなさいよー。でもすごくない? 何千、何万の蝶が、何の生きる根拠もない北に向かって飛び立つんだよ。ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ、とか甘いよね。ある種の蝶は夜明け前に飛び立つんだから」

「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」













今年に入って、このブログでアフィリエイトを始めました。ブログで稼ぐというのが流行っているというのを、遅ればせながら聞きまして。


ここです。

半月たって儲かっているかというと、これが全くダメ、ゼロ円です。

半月で判断できるというものでもないでしょうが、広告クリックでさえ4回しかないです。

このブログは月4000ページビューぐらいなのですが、半月の2000ページビューで4クリックですから。
よく考えると、個人ブログの広告からカニとかケーキとか、普通買わないですよね。私でも買わないです。
このブログは古典作品のレビューとか思い出日記などの内容なのですが、古典作品の解説を読んで、じゃあ古典作品を買おうかとか、なかなかならないだろうと思うんです。
坂口安吾を今読みたいと思ったら、私だったら「青空文庫」で読んじゃいますから。

これね、ブログを読んでもらって何か買ってもらおうとするなら、その商品に特化した記事を狙って書かなくてはいけないだろうと思うに至りました。
そして、商品購買を狙った個人記事なんて、これを楽しんで面白く書くなんていうのは、そうとう難しいですよ。

そう思ってネットの海を見てみると、個人ブログっぽいのでも、テンプレ広告記事があふれているのに今更ながら気が付きました。
何でもいいのですが、例えば、

夏目漱石 名作

で検索すると、

【夏目漱石で読んでおくべき名作10選】

とかのペラペラテンプレ記事がズラーと並んでいます。
夏目漱石を実際に読んだ人の感想って、これは分かってしまうものです。キミは夏目漱石を10作も読んでない、と断言できるレベルのテンプレ記事です。
こういう記事はグーグルの検索上位を狙って書かれていて、アマゾンリンクが点々と張られています。

さらに、多くの検索上位は無味無臭のレベルで、個人がアフィ狙いで書いているというより、何らかの企業体が参入しているのではないかと推測できます。

個人でのアフィブログは狙わない限り無理だし、狙ったとしても難しいでしょうな。

でも、狙ったブログは書いていてもつまんないですよ。使ったこともない、そして使いたくもないような髭剃りのレビューを書くとか、苦行です。
あと、ネットからいろいろな記事を拾ってきて、アフィブログの体裁を整えて稼ぐ、というのは可能でしょうが、それでは完全に副業ですし、利点といえば一人でできるという事ぐらいです。
私、別にコミュニケーション障害でもないので、あえてそこまでしようとも思わないですね。

えらそうなことを言っても、6000インプレッションで4クリック、報酬ゼロですからどうしようもないのですが。

ちょっと重くなってきたんじゃないの、という感じですか。
6301コマツ信用4000株買い体制。

そもそも、銀行、資源、あたりは去年の頭から大幅に下げてきたカテゴリーで、戻りは最後必ず売られますから、あまり欲張れる場所でもないんですよね。


チャート画像


あまり欲張らず、時間を区切って決済したいです。

夏目漱石とか島崎藤村とか、大作家とか言われていますが、実際に読んでたちどころに面白いとかいうものでもないです。

では日本近代文学に面白いものはないのかというと、そういうわけでもないです。私もすべての日本近代文学をカバーしているわけではないのですが、私の40年の読書人生の中で、

「これは!」

というやつを8作品紹介したいと思います。

江戸川乱歩とか山田風太郎とかの娯楽作品は除いて、「文学」のはんちゅうにはいるであろう作品から選びました。

目次
1 福沢諭吉 「福翁自伝
2 太宰治 「トカトントン
3 坂口安吾 「古都
4 宮本常一 「土佐源氏
5 大江健三郎「火をめぐらす鳥
6 安倍公房 「砂の女
7 森鴎外 「山椒大夫
8 梶井基次郎 「檸檬






1 福沢諭吉 「福翁自伝

福翁自伝は、福沢が晩年に自分の半生を口述筆記させたものです。口述筆記ですから口語体で書かれていてすごく読みやすいです。内容も面白いです。
福澤諭吉というのは現代では一万円札の肖像にもなっているので、小難しいことを喋っているのではないかと思われるかもしれませんが、全くそんなことはないです。

例えば、福沢は大分県中津市育ちなのですが、子供のころ、福沢は神社のご神体はなんだろうかと思って社を開けてみた。石が入っていたから「なんだこんな石」とこれをうっちゃって、その辺の石を拾って入れておいたそうです。

まもなく祭りになって福沢は


「馬鹿め、おれの入れておいた石にお神酒を上げて拝んでいるとは面白い」

と、ひとり嬉しがっていたと書かれています。
まったく、とんでもない悪ガキですよね。


2 太宰治 「トカトントン

太宰の名品。
終戦時の玉音放送という最高に厳粛な場面で、主人公の青年は「トカトントン」いう金槌の音を聞いたら、急にテンションが転換して何もかも馬鹿馬鹿しくなってしまい、あとはその繰り返しという話です。

ホントにうまく書かれている短編なのです。10分ぐらいで読めます。
青空文庫にありました。


3 坂口安吾 「古都

安吾の戦中の自伝小説。
安吾が戦前に京都に下宿していた時の素朴な人たちの人間模様みたいな話。素朴な人というとなんだかいいように聞こえるのですが、欲望と思い込みを抱えて、社会の底辺に張り付いているような人たち。

こういうことを言うと何なのですが、戦中版「浦安鉄筋家族」みたいな感じでしょうか。

「古都」の最後にこのようにあります。  

「ほんまに、そうや。と、親爺は酒を飲む僕を見上げて、ヒヒヒヒと笑った。それは神々しいくらい無邪気であった」  

これも青空文庫で読めます。


4 宮本常一 「土佐源氏

宮本常一「忘れられた日本人」という本の中に、昭和初期に土佐の山奥に住む乞食の老人にインタビューしたものがあります。その表題が「土佐源氏」です。


「忘れられた日本人」という本は、民俗学的聞き取り調査集みたいなものなのですが、この「土佐源氏」は聞き取り調査というレベルをはるかに超えて、完全に「文学」に昇華しています。

老人は自分の女性遍歴を語るのです。老人の語り口はこんな感じです。

その嫁さんがええひとじゃった。眉の濃い、黒い目の大けえ、鼻筋の通った、気のやわらかな人でのお。

それでも相手は身分のある人じゃし、わしなんどにゆるす人ではないと思うとったが、つい手がふれたときに、わしが手をにぎったらふりはなしもしなかった。

秋じゃったのう。

文庫本で30ページ、こんな感じでつづきます。正直、たまらないものがあります。


5 大江健三郎「火をめぐらす鳥

ノーベル賞作家の底力を感じさせる短編です。

大江健三郎は、知的障害者の子供が生まれて、この子供を救おうと決心したのだろう。しかし、人を救うとは何か? 人を救うなんていうことはできるのか? 自分でさえ救われていないのに?  

子供とかかわるうちに、いつしか論理は逆転する。  

養護学校の泊りがけの合宿に行こうとする息子を心配して、父親は語りかける。 

「イーヨー、大丈夫か、一人で行けるか? 」  

子供は答える。 

「お父さんは大丈夫でしょうか? 私がいなくても大丈夫でしょうか?」  

救うものが救われて、救われるものが救う、そういうことってありえると思う。  

「火をめぐらす鳥」のなかで、「私」は障害者の息子と、死後のそれぞれの魂が、より大きい魂の集合体みたいなものに共に合流することを夢見る。しかし本当のところは、「私」は独力で魂の集合体に合流することは無理だろう、そして息子にそこまで一緒にだよ、自分を導いて欲しいと思っているのだろう。   

「火をめぐらす鳥」の最後で、「私」と息子は駅のホームで一緒に倒れて、二人して起き上がれなくなってしまう。「私」は息子に話しかける。 

「イーヨー、イーヨー、困ったよ。一体なんだろうねえ?」  

息子は答える。 

「ウグイス、ですよ」  

論理は完全に逆転しただろう。 救うものが救われて、救われるものが救う。  
渾身の文学だと思う。


6 安倍公房 「砂の女


「砂の女」のあらすじというのは、
砂丘近くの村で主人公の男が村人に拉致されるのです。そして砂丘と村の境目にある竪穴に監禁されて、砂を掻き出す仕事を強制されるのです。誰でもそんな奴隷みたいなことはいやですよね。ところが、まあそこで生活しろということでしょう、女を一人あてがわれるのです。それが砂の女。奴隷的境遇の男は、だんだんと狭い空間での女との生活に満足するようになるのです。で、最後は逃げられるチャンスがあったのに逃げなかったという話。

今から考えると、私は中学のころまで人間恐怖症みたいな感じで友達も少なく、女の子なんかとはほとんど喋れないような感じでした。今の言葉で言えばアスペですね。他人が何を考えているのか分からなくて、人との距離感がつかめないのです。とくに突然の悪意などに弱かったです。その後、陰性アスペは克服しました。他人はたいしたことを考えていいるわけではないということを悟りまして。相手の態度で機械的に自分の態度を決めることにしました。相手が高圧的だと自分も高圧的に、相手が謙虚だと自分も謙虚に。どうせ他人はたいしたことを考えてないのですから、この程度で十分なのです。でも気をつけてください。これをやるとチンピラみたいなやつとは睨み合いになります。でもどうせ相手の心は空っぽなのですから、何も怖くはないですが。

砂の女を読んで、女の子と喋った事もなかった私は、好きな女と狭い空間で寄添って生きるということに憧れました。
大学に入って私には彼女が出来たのです。私が行ったのは国立の上位校でしたし、体育会でバレーボールをやっていました。アスペと知らず近寄ってくる女性もないわけではないのです。こういうのは大事にしないといけない。基本的に女の子にはもてる気がしない上に、「砂の女」に憧れているわけですから。

で、そのまま出来ちゃった結婚です。

20年経って妻に言われるのは、
「アンタには騙された」
ということです。
でもこれ私には私の都合があったのと同様に、妻には妻の都合があったのではないでしょうか。妻の都合がどんなものであったかは知らないですよ。知りたくもないし知る必要もないです。
私、子供がすきなのです。砂の女と妻には感謝しています。
特に砂の女に。


7 森鴎外 「山椒大夫


森鴎外の作風は、時代小説を書き始める以前と以後とでは異なっているという。鴎外は小説世界にまとまりをつけるのが嫌になって時代小説を書きはじめたという。
「山椒大夫」の中にこのようにある。

子供らの母は最初に宿を借ることを許してから、主人の大夫の言うことを聴かなくてはならぬような勢いになった。掟を破ってまで宿を貸してくれたのを、ありがたくは思っても、何事によらず言うがままになるほど、大夫を信じてはいない。こういう勢いになったのは、大夫の詞に人を押しつける強みがあって、母親はそれに抗(あらが)うことが出来ぬからである。その抗うことの出来ぬのは、どこか恐ろしいところがあるからである。しかし母親は自分が大夫を恐れているとは思っていない。自分の心がはっきりわかっていない」

この母には主体性というものがない。相手に強く出られると、「主人の大夫の言うことを聴かなくてはならぬような勢い」になってしまう。「山椒大夫」という小説は、勧善懲悪とかピカレスクとかさらに言えば無常観とか、そのようなものとは全く無縁に、ただこの母のような登場人物達がその運命の中で喜んだり悲しんだりしているだけだ。


これって夢の構造と同じだろう。

「山椒大夫」をヒントに夢の構造について考えてみる。
そういえば夢の中では、抽象的な価値観の序列ってないよね。好きとか嫌いとかはあるけれど、善とか悪とかはない。抽象的な価値の序列というものはなく、ただ好きなもの嫌いなもののリアルな実体のみの世界だという。
だから、その世界において強力な実体があらわれると、もう拒否することが出来ないんだよね。普通は抽象的な価値の序列みたいなものが心を防御していると思うのだけれど、夢の世界においては、その防御がないから、実体が直接心を占拠して確信になってしまう。

志賀直哉の奇妙な小説も同じように説明できる。「暗夜行路」の主人公は気分に支配されている。時任謙作は小説のはじめは不快な気分の状態だったのだけれど、終わりのころになると調和的な気分になってくる。気分の変化に理由とかはない。時任謙作は、ふと自分の父親は本当の父親ではないと思う。するととたんに祖父こそが本当の父親であると確信する。
夢の構造と同じだろう。

「山椒大夫」には近世と近代をつなぐような微妙な感覚が描きこまれています。


8 梶井基次郎 「檸檬

「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終押さえつけていた」

梶井基次郎の「檸檬」は始まる。
私の心を押さえつけている得体の知れない不吉な塊とは何なのか、とつい探求したくなるのだけれど、梶井基次郎はこのような思考パターンを軽やかに拒否する。

「肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金がいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ」

強いなって思う。

散歩コースに八百屋があってレモンを一つ買う。レモンの爽やかな香りを胸に吸い込む。胸を膨らませるレモンの香りと、胸を押さえつける不吉な塊。自分の胸をめぐるレモンと不吉な塊との相克。

レモン強し。今日は気分がいい。京都の丸善に突撃しようかという。

そういえば私も大学時代は名古屋の栄の丸善によく行った。30年前の丸善というのは人を選ぶような大型書店で、選ばれたような気持ちになっていた私は4階の洋書コーナーでドイツ語の書籍をあさっていた。カフカとかギュンターグラスとかの原書。もちろんそんなものが読めるわけない。かっこつけて何冊も買ったのはいいのだけれど、結局カフカの「城」だけを辞書を引きながら新潮文庫の「城」と読み比べただけだった。

梶井基次郎は丸善に入って画本の棚の前に行く。

そうそう、丸善にはこんなのをいったい誰が買うの? という本が並んでいたりした。今でも覚えているのは、ヤコブス・デ・ウォラギネのキリスト教の聖者・殉教者たちの列伝である『黄金伝説』という本。分厚いハードカバー本で全5巻だった気がする。ちょっとパラパラめくってみた。犬好きの牧師というのがいて、犬に善行を施しまくった結果神の思し召しによって、この牧師は死後ただちに犬の天国に駆け上っていったという記述があった。
何もかもが謎だよね。

梶井基次郎は丸善に突撃したのはいいのだけれど、丸善の雰囲気にのまれて、また不吉な塊が胸を圧迫し始める。

「私は一冊ずつ抜き出しては見る。そして開けては見るのだが、克明にはぐっていく気持ちはさらに湧いてこない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る」

だんだん本が積みあがってくる。30年前、私は引き出した本は元に戻しはしたけれど、梶井基次郎の気持ちは分かる。

そしてラスト。そういえばポケットには黄色いレモンがあったんだ。積み上げてしまった本の上にレモンをそっと置く。

「見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の諧調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた」

カーンと冴えかえるという。
カーンだよ。

レモンをのこして丸善を立ち去り話は終わるのだけれど、とにかくえたいの知れない不吉な塊にたいする気持ちのかぶせ方がすがすがしい。なかなかこうはいかないよ。



今回はこんなところでしょうか。最後までお読みいただきありがとうございました。











坂口安吾は太宰治と同じく戦前戦後を通して活躍しましたが、戦前と戦後で精神の水位が、太宰よりもさらに変わらない作家です。このへんが安吾らしいと思います。

「堕落論」とか「続堕落論」はありきたりなので外して、さらに評論を中心に紹介します。

目次

【暗い青春】
【文学のふるさと】
【デカダン文学論】
【日本文化私観】
【死と影】
【不連続殺人事件】

【堕落論】
【続堕落論】




【暗い青春】

坂口安吾、昭和22年の評論。

安吾には長島萃(ながしま あつむ)という友人がいた。戦前の衆議院議員、長島隆二の子息であった。彼は若くして脳炎で死んだのだけれども、この長島萃をめぐる安吾の文章には一種異様な迫力がある。
こんな感じ、

「彼の死床へ見舞つたとき、そこは精神病院の一室であつたが、彼は家族に退席させ、私だけを枕頭によんで、私に死んでくれ、と言つた。私が生きてゐては死にきれない、と言ふのだ。お前は自殺はできないだらう。俺が死ぬと、必ず、よぶから。必ず、よぶ。彼の狂つた眼に殺気がこもつてギラギラした。すさまじい気魄であつた。彼の精神は噴火してゐた。灼熱の熔岩が私にせまつてくるのではないかと思はれたほどである。どうだ。怖しくなつたらう。お前は怖しいのだ、と彼は必死の叫びをつゞけた。 
彼はなぜ、そこまで言つてしまつたのだらう? そこまで、言ふべきではなかつた」

最後の言葉は語るべきではない、というのはあると思う。
現代のような世界に暮らしていると、どうやら自分の言葉の意味が相手に届いてないらしいということがあり得る。だからと言って最後の言葉を絶叫していいというものでもない。

よく新聞とかで、駅なんかで女性のスカートの中を盗撮して捕まったヤツの動機の告白で、
「スカートの中が見たかったから」
のようなことが書かれていたりするけれど、これって本当に最後の言葉だよなって思う。女の子のスカートの中を見たければ、いくらでも合法的な手段があるだろう。様々な可能性を排除して、ただ原因と結果のみの言葉、
「スカートの中が見たかったから」

怖ろしい。最後の言葉を要求する世界が怖ろしい。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中で、ドミートリーの裁判の中で彼の恋人であるカテリーナがこのように告白する場面がある。

「あたしと結婚する気になったのだって、あたくしが遺産を相続したからに過ぎません。そうじゃないかとかねがね思っていました。ああ、このひとはけだものです。あたくしがあのとき訪ねていったことを恥じて、一生この人にびくびくし続けるだろう、だから自分はそのことで永久にあたくしを軽蔑し、優越感を抱いていられると、いつも思っていたのです」

カテリーナもドミートリーを愛していると感じた瞬間だってあっただろうし、もちろん憎んだ瞬間もあっただろう。カテリーナの存在というのはゆれていたのだけれども、「断言」することによって存在が固定されてしまう。

断言を要求する世界って怖ろしいと思う。そういう場所に追い込まれないよう注意しなくてはいけない。

【文学のふるさと】

「文学のふるさと」は坂口安吾、昭和16年の評論。

坂口安吾はこのように言う。

私達はいきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで戸惑いし

ながら、ただ
しかし、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない「ふるさと」を見ないでしょうか。

すなわち安吾のいう「ふるさと」というのは、
「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」
みたいなノスタルジックな思い出の場所のようなものではない。

安吾は芥川龍之介の甥である葛巻という人物と親しくしていて、芥川の晩年の手記を見ることができた。その手記に、農民作家なる人が芥川の家を訪ねてきて、生まれた子供を殺して一斗缶に詰めて埋めたという話をする、というものがある。
農民作家に、
「あんた、これをひどいと思うかね。口減らしのために殺すというのを、あんたひどいとおもうかね」
と言われて芥川は言葉に詰まったという。

さて、農民作家はこの動かしがたい「事実」を残して、芥川の書斎から立去った

のですが、
この客が立去ると、彼は突然突き放されたような気がしました。たった一人、置き残されてしまったような気がしたのです。

この突き放すところのものを、安吾は「ふるさと」と言っている。

自分なりにいろいろ考えてみる。

「インターステラ」という映画がある。主人公たちは滅びゆく地球の代わりを探そうと別宇宙の惑星を巡るのだけれど、まー、ろくでもない惑星ばかりなんだよね。しかし他惑星の住環境が酷いのは惑星の責任ではなく人類の都合であって、これは全くどうしようもない。同情も正義も文学もない宇宙で主人公たちは悪戦苦闘する。別の宇宙空間で自分たちは世界から突き放されるのではないかという予感が満ちる中、実際何度かドーンって突き放される繰り返し。

結局「インターステラ」の面白さというのは、人類が宇宙(世界)に突き放されるところの「突き放され具合」にあると思う。
この突き放すところのものが、安吾のいう「ふるさと」ということになるのではないか。

中国思想にも同じ「ふるさと」観がある。荘子の中に、

会えば離れ、成すれば壊れ、角は砕け、貴は辱められ、愚は堕ちる。知を積み重ねても、それは悲しい。弟子よ、これを記せ。ただ道徳の郷があるだけだと

とある。

なぜ安吾がこのような「ふるさと」思想に至ったのかというと、太平洋戦争切迫の結果だと思う。あの戦争は日本にとって中国とアメリカとの両面戦争だった。正直、中国とアメリカ相手に両方同時に戦争するなんてあり得ないでしょう。ナチスドイツだってフランスを制圧して、返す刀でソ連に侵攻した。日本なんかよりはるかに合理的だった。日本は世界に突き放されて、その結果として見えたものが「ふるさと」なのではないか。残酷な「ふるさと」なんて見ずに死ねればそれに越したことはないのだろうが、見てしまったものはしょうがない。

安吾の後の「堕落論」などは「ふるさと」思想の延長戦上にある。生きよ堕ちよ、だから。

【デカダン文学論】

「デカダン文学論」の中で島崎藤村に対するディスり方が強烈。

島崎藤村は近代日本文学を代表する大作家だと思う。藤村の何がすごいかというと、近代文学のメインフレームである三人称客観形式というものを「破戒」の時点でほぼ完全にマスターしている点だ。「破戒」の発表は明治39年。

外部の視点で登場人物たちの内面を描きながら物語をまとめるという近代小説的作業というのは難しいのだけれど、藤村はこれを苦も無くこなしている。
夏目漱石だってなかなか藤村のようにはいかなかった。例えば「こころ」は一人称主観形式だし、「吾輩は猫である」は一人称猫観だ。

だから藤村の小説のすごさというのは、その内容にあるのではなく形式にある。
評論家の平野謙が藤村の「新生」を評論したものに、安吾はこう咬みつく。

『「新生」の中で主人公が自分の手をためつすかしつ眺めて、この手だな、とか思い入れよろしくわが身の罪の深さを思うところが人生の深処にふれているとか、鬼気せまるものがあるとか、平野君、フザけたもうな。人生の深処がそんなアンドンの灯の翳みたいなボヤけたところにころがっていて、たまるものか。そんなところは藤村の人を甘く見たゴマ化し技法で、一番よくないところだ。』

これは平野謙が悪い。藤村の小説の内容を誉めてしまったのではきつい。
安吾はさらにこのように藤村批判を展開する。

『島崎藤村は誠実な作家だというけれども、実際は大いに不誠実な作家で、それは藤村自身と彼の文章(小説)との距離というものを見れば分る。藤村と小説とは距りがあって、彼の分りにくい文章というものはこの距離をごまかすための小手先の悪戦苦闘で魂の悪戦苦闘というものではない。
藤村とその文章との距離というものが、藤村の三人称客観小説世界を形成しているわけで、藤村独自の距離感を「小手先の悪戦苦闘」とまで言ってしまったのでは、これちょっと言いすぎなのではないかというのはある。』

安吾の言いたいこともわかる。安吾は大文字の「文学」とは形式ではなく内実だと言いたいのだろう。
安吾はさらにかぶせてくる。

『彼がどうして姪という肉親の小娘と情慾を結ぶに至るかというと、彼みたいに心にもない取澄し方をしていると、知らない女の人を口説く手掛りがつかめなくなる。彼が取澄せば女の方はよけい取澄して応じるものであるから、彼は自分のポーズを突きぬけて失敗するかも知れぬ口説にのりだすだけの勇気がないのだ。肉親の女にはその障壁がないので、藤村はポーズを崩す怖れなしにかなり自由に又自然にポーズから情慾へ移行することが出来易かったのだと思う。』

これには参った。形式とか言っているから、藤村お前は女にもてないんだと言っているわけだ。滅茶苦茶なんだけれど、オタクよりもヤンキーのほうが女の子にもてたというかつての時代状況を考えれば、安吾の言うことは一理ある。
安吾の剛腕、炸裂だ。

【日本文化私観】

この「日本文化私観」は
一 「日本的」ということ
二 俗悪について(人間は人間を)
三 家について
四 美について
という構成になっていて、それぞれに安吾らしい文章がつづられている。

「家について」の中にこのようにある。

「僕はもうこの十年来、たいがい一人で住んでいる。何もない旅先から帰ってきたりする。すると、必ず、悔いがある。叱る母もいないし、怒る女房も子供もいない。それでいて、家へ帰る、という時には、いつも変な悲しさと、後ろめたさから逃げることができない。帰るということの中には、必ず、振り返る魔物がいる。そうして、文学は、こういうところから生まれてくるのだ、と僕は思っている」

本当にこういう感覚ってある。私は結婚するまで何年か一人暮らしをしていたけれど、夜中、ドアを開けてから、誰もいない真っ暗な部屋に入り電灯のひもを引っ張るまでは、何だか薄らさみしいような気持になった。

エリア88という漫画で、一人暮らしの部屋に帰った時に真っ暗なのが嫌だから、部屋を出るときはいつも電気をつけっぱなしにするというヤツがいた。そいつが乗る戦闘機がもうダメだというときに、彼は親友に無線でこのように言う。

「オレの部屋の電気は消しておいてくれ」

分かるわー、と思って。
誰もいない部屋に帰った時のあの感覚って何だろう。気圧が外より低いような、地面がちょっとゆるいような、そんな場所に迷い込んだような。
それを安吾は、

「帰るということの中には、必ず、振り返る魔物がいる」

とか、さらには、

「文学は、こういうところから生まれてくるのだ」

とか、本当にうまいことをいうと思って。

【死と影】

坂口安吾が「ふるさと」という言葉を語りだすのは、昭和17年発表の「文学のふるさと」あたりからです。しかし昭和23年発表の「死と影」で、坂口安吾は昭和12年ぐらいの時の自伝的なものを書いていています。

その中で三平という、まあほとんどホームレスみたいな人間と坂口安吾は友達になります。
三平は言う。

「センセイ、いっしょに旅に出ようよ。村々の木賃宿に泊まるんだ。物をもつという根性がオレは嫌いなんだ。旅に出るとオレの言うことがわかるよ。センセイはまだとらわれているんだ。オレみたいな才能のないやつが何を分かったってダメなんだ。センセイに分かってもらって、そしてそれを書いてもらいたいんだ。旅にでれば必ず分かる、人間のふるさとがね。オヤジもオフクロもウソなんだ。そんなケチなもんじゃないんだ。人間にはふるさとがあるんだ。そしてセンセイもそれがきっと見える」  

三平って実在したのでしょうか。

【不連続殺人事件】

坂口安吾には長島萃(あつむ)という友人がいた。長島は何度か自殺未遂を繰り返し、昭和8年に脳炎にかかりそのまま発狂して死亡した。
坂口安吾は昭和9年発表の「長島の死」でこう書いてある。

『私は彼のように「追いつめられた」男を想像によってさえ知ることができないように思う。その意味では、あの男の存在はわたしの想像力を超越した真に稀な現実であった。もっとも何事にそうまで「追いつめられた」かというと、そういう私にもハッキリとは分からないが恐らくあの男のかんする限りの全ての内部的な外部的な諸関係において、その全部に「追いつめられて」いたのだろうと思う』

全てに追いつめられる男とはなんなのだろうか。おそらく現代の精神医学では何らかの病名はつくだろう。ただ病名がついたからといって追いつめられる要素が一つ増えるだけの話で、全てに追いつめられていることには変わりがないだろう。

長島は何に追いつめられたのか?ということを純文学で読みたかったが、坂口安吾は「全てに追いつめられる男」を推理小説で表現した。それがこの「不連続殺人事件」だと思う。

ここからはネタバレ注意です。長島萃から見た不連続殺人事件のあらすじを書きます。

金持ちのボンボンである文学青年一馬(長島萃)は、ピカ一という画家からその美しい妻であるあやかさんを奪い取る。しかしそもそもこれが罠。ピカ一とあやかはぐるになって、一馬の妹2人と父親と一馬本人をこの順番で殺し、一馬の遺産を根こそぎ貰おうという作戦。
戦後すぐの夏、一馬の田舎の屋敷で一馬の文学仲間が避暑に集まることになった。どさくさにまぎれて、あやかはピカ一を含め何人か関係のない人間にも招待状を出した。
最初に殺されたのは望月という文学者である。望月が殺された時、あやかは一馬と一緒にいた。夫婦だからあやかのアリバイにはならないが、これで数馬は妻のあやかは犯人ではないと確信した。望月はピカ一に殺されたのだが、これは一馬にあやかだけは犯人ではないと思わせるためだけの殺人であった。この後、一馬の妹2人と父親がピカ一とあやかに交互に殺される。もちろんピカ一とあやかは誰の前でも犬猿の仲を装っている。二人がつながっていることは誰にも分からない。
最後の仕上げだ。あやかは一馬に二人の寝室で毒入りの水を飲ませる。一馬はその水を飲んだ。あやかだけは犯人ではないと確信していた。自分を確信させるために、愛する妻のあやかが人一人殺したとは想像できかった。一馬は死んで、あやかは一馬の死を自殺だと証言した。
しかしここで名探偵登場というわけです。

不連続殺人事件の中で、一馬は策略によって全てのものに追いつめられて最後に殺される。何故、一馬すなわち長島が死ななくてはならなかったのかということは、現実よりも一次元下がった推理小説だから私たちにも理解できた。しかし現実の世界の死というのは本当のところ、理解できないところが残る。
私は中学2年の時にクラスメートが、24歳の時に同年代のいとこが自殺したが、彼彼女が何故自殺したのかは最後のところで分からない。ただ私としては生き残ったもののひけめのようなものがあるだけだ。

【堕落論】

『昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角せっかくの名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。』赤穂浪士の物語は、日本的なこだわりにあふれている、ということでしょう。この後、日本的こだわりの例がいくつかあげられます。

童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかった話。

戦争未亡人を挑発堕落させてはいけないという軍人政治家の魂胆で、この戦争中、文士は未亡人の恋愛を書くことを禁じられていた話。
武士は仇討のために草の根を分け乞食となっても足跡を追いまくらねばならないという話。学生と娘は心中したくはなかったし、戦争未亡人は操をたいして守りたくもなかったし、武士はかたき討ちなど本当はやりたくなかったのだけれど、日本的こだわりの同調圧力で、やらなくてはいけないかのような気になってしまったということでしょう。そして個々の日本的こだわりが一つになり、巨大なうねりになったものが日本の歴史であると安吾は言います。安吾は以下のような表現をしています。
『歴史は個をつなぎ合せたものでなく、個を没入せしめた別個の巨大な生物となって誕生し、歴史の姿に於て政治も亦また巨大な独創を行っているのである』

そしてあの戦争とは何だったのか?

安吾はこのように言います。

『この戦争をやった者は誰であるか、東条であり軍部であるか。そうでもあるが、然し又、日本を貫く巨大な生物、歴史のぬきさしならぬ意志であったに相違ない。日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったにすぎない。』さすがの論考ですね。あの巨大な戦争の時に、日本人は細かい見栄やこだわりに関わりあう暇がなくなってしまって、大きな運命に身を任せるような状態になってしまったといいます。それを安吾は美しい理想郷のようだったと言っています。

『近頃の東京は暗いというが、戦争中は真の闇で、そのくせどんな深夜でもオイハギなどの心配はなく、暗闇の深夜を歩き、戸締なしで眠っていたのだ。戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。それは人間の真実の美しさではない。そしてもし我々が考えることを忘れるなら、これほど気楽なそして壮観な見世物はないだろう。』しかし戦争は終わり、日本人は元の日本人的こだわりの場所へ戻るのでしょうか。戦争という巨大な世界を見た後では、なかなか元のこだわりの世界に戻るのは難しいというか、バカバカしいみたいなことはあるでしょう。そもそも日本の場合、変な非合理性にこだわって大惨敗を喫したというのもありますから。日本人はこだわりの世界のもっと底から、恰好をつけるような場所ではなく、好きな女には好きというような場所から自分たちの生活を積み上げていかなくてはならない、と安吾は言うわけです。もっともです。じっさいはこのようにあります。

『戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。』恰好をつけて生きるような、そんなくだらない高みからは堕ちろと。そのような高みがくだらないということは、まさに戦争が教えてくれただろう、というわけです。
現代という平和な時代に長く生きていると、恰好をつけて生きるのが有利な場合が多いですから、なかなか堕ちるというわけにもいかないのですが、一応「堕落論」的世界を知っておくのも悪くないと思います。

【続堕落論】

最初は新潟の石油成金の話。

『中野貫一という成金の一人が産をなして後も大いに倹約であり、安い車を拾うという話を校長先生の訓辞に於て幾度となくきかされたものであった。百万長者が五十銭の車代を三十銭にねぎることが美徳なりや。』金持ちが小銭を節約するのが美徳とされるような気取った社会なんてウンザリだっただろう、というわけです。次は農村文化の話。

『戦争中は農村文化へかえれ、農村の魂へかえれ、ということが絶叫しつづけられていた。一口に農村文化というけれども、そもそも農村に文化があるか。文化の本質は進歩ということで、農村には進歩に関する毛一筋の影だにない。』気取った都会人が農村にあこがれて農業を始めてみても、現実は厳しいというのは今でも同じです。

次は、額に汗することが大切だというこだわりについての反論。『必要をもとめる精神を、日本ではナマクラの精神などと云い、五階六階はエレベータアなどとはナマクラ千万の根性だという。すべてがあべこべなのだ。真理は偽らぬものである。即ち真理によって復讐せられ、今日亡国の悲運をまねいたではないか。』そんな非合理なことだから戦争に負けたんだ、と言われたら何も言い返せません。そして、天皇制とは、日本がこだわりや気取りで首が回らなくなった時のための安全弁みたいなものであるという話。
『たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕ちんの命令に服してくれという。すると国民は泣いて、外ならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!我等国民は戦争をやめたくて仕方がなかったのではないか。そのくせ、それが言えないのだ。』気取った左翼が天皇制は必要ないなんて言うことがありますが、彼らのような人にこそ天皇制は必要なのでしょう。




関連記事








6301コマツを信用枠で1000株買い乗せて、信用買い5000株体制です。


今日は銀行、資源と弱かったのですが、これで戻りが終わりってことないですよね。

これで終わりなら戻り弱すぎでしょう。もうちょっと粘りたいです。


チャート画像


今日はこれですから。










坂口安吾、昭和22年の評論。

安吾には長島萃(ながしま あつむ)という友人がいた。戦前の衆議院議員、長島隆二の子息であった。彼は若くして脳炎で死んだのだけれども、この長島萃をめぐる安吾の文章には一種異様な迫力がある。
こんな感じ、

「彼の死床へ見舞つたとき、そこは精神病院の一室であつたが、彼は家族に退席させ、私だけを枕頭によんで、私に死んでくれ、と言つた。私が生きてゐては死にきれない、と言ふのだ。お前は自殺はできないだらう。俺が死ぬと、必ず、よぶから。必ず、よぶ。彼の狂つた眼に殺気がこもつてギラギラした。すさまじい気魄であつた。彼の精神は噴火してゐた。灼熱の熔岩が私にせまつてくるのではないかと思はれたほどである。どうだ。怖しくなつたらう。お前は怖しいのだ、と彼は必死の叫びをつゞけた。 
彼はなぜ、そこまで言つてしまつたのだらう? そこまで、言ふべきではなかつた」

最後の言葉は語るべきではない、というのはあると思う。
現代のような世界に暮らしていると、どうやら自分の言葉の意味が相手に届いてないらしいということがあり得る。だからと言って最後の言葉を絶叫していいというものでもない。

よく新聞とかで、駅なんかで女性のスカートの中を盗撮して捕まったヤツの動機の告白で、
「スカートの中が見たかったから」
のようなことが書かれていたりするけれど、これって本当に最後の言葉だよなって思う。女の子のスカートの中を見たければ、いくらでも合法的な手段があるだろう。様々な可能性を排除して、ただ原因と結果のみの言葉、
「スカートの中が見たかったから」

怖ろしい。最後の言葉を要求する世界が怖ろしい。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中で、ドミートリーの裁判の中で彼の恋人であるカテリーナがこのように告白する場面がある。

「あたしと結婚する気になったのだって、あたくしが遺産を相続したからに過ぎません。そうじゃないかとかねがね思っていました。ああ、このひとはけだものです。あたくしがあのとき訪ねていったことを恥じて、一生この人にびくびくし続けるだろう、だから自分はそのことで永久にあたくしを軽蔑し、優越感を抱いていられると、いつも思っていたのです」

カテリーナもドミートリーを愛していると感じた瞬間だってあっただろうし、もちろん憎んだ瞬間もあっただろう。カテリーナの存在というのはゆれていたのだけれども、「断言」することによって存在が固定されてしまう。

断言を要求する世界って怖ろしいと思う。そういう場所に追い込まれないよう注意しなくてはいけない。

関連記事









韓国が嫌いな日本人がネットで目立ったりする。
しょうがないところもある。韓国はなにかというと日本に突っかかって来るし、めんどくさいという気持ちが日本人に生じることもあるだろう。

慰安婦とか徴用工とか、いったいいつの話か、70年以上も前の話じゃないの? ということにもなる。

でも私が、韓国すごいなと思うのは、韓国国民が一体となって日本に突っかかって来ること。だって、日本に来る韓流アイドルすら反日のTシャツを着てくるんだよ? ゆるゆるの社会に生きる若者が、よその国に自分を売り込みに行こうとするときに、その国のアンチTシャツなんて着ていかないでしょ?

たぶん韓国には、社会の中に、まあなんというか一体性を練り上げるような雰囲気みたいなものがあって、その雰囲気が反日という軸に集まっているのだと思う。だから、反日を表現しない者は反社会的なレッテルを張られるのだろうと思う。

韓国は反日思想を国民結集のために利用している、とよく言われるけれども、これは原因と結果が逆ではないだろうか。
韓国国民に結集しようとする意志があるからこそ、反日思想に結集するのではないだろうか。

これって、悪いことというより良いことなんじゃないかと思う。日本としては迷惑なんだけれど。

現代日本の困難というのは、集まって頑張れないということにある。
ネット右翼は貧困層の若者に多いと思われていたのだけれど、実は中産階級上流の中小企業の経営者に多いという。
これはなぜかというと、中小企業の経営者というのは、思想的に社員を結集させて働かせたいというモチベーションがある。昔は、会社は家族だ、とかいう考え方もあったりした。でも今では受け入れられないだろう。

しょぼい会社で真面目に働く程度では、男は結婚もおぼつかないんだよ。

結婚もできないのに会社が家族だとか、本当にどういうつもりなのかということになる。
中小企業の経営者が今まで社員を結集させていた思想は失われて、新しく彼らが頼ろうとしたのが「ネット右翼思想」ということになるだろう。
ま、こんなのは認められないだろうけれど。

ほかにも、ネットにおける左翼リベラルの主張というのは、もうほとんどヒステリーだ。
なぜ多くの国民が、反原発、反辺野古基地移転、憲法堅持、民主主義、という価値観に結集しないのか? 正しい価値観に結集するのは当然のことなのに、その当然のことが行われないのは何故なのか?

自分の主張がスルーされてヒステリーを起こす、小学校の音楽の先生みたいなことになっている。

人と人とが結集する力というのが、この日本で薄れてきているから、このような悲劇(喜劇?)が起こるのだろうと思う。

その点、韓国はすばらしい。反日という奇怪な価値観の元とはいえ、国民に互いに結集する力があるわけだから。

でも個人的にはゆるい日本で暮らす方が好みではあるけれど。




6301コマツ 信用で4000株 買っています

買ったのが去年の年末で、平均単価2350円ぐらいだから、
現在6301コマツが現在2693円だから140万の含み益になっています。

もうちょい引っ張れるのではないかという印象です。


チャート画像


今日もこれですから。

息子が30歳近くになっても結婚のそぶりを見せないと心配する親御さんは多いでしょう。

結論から言いますと、息子さんが日東駒専以上の大学を出て、現在まじめに働いているというのであれば、ほとんど問題ないでしょう。あと2.3年の内に女の子を家に連れて紹介に来るでしょう。

繧ヲ繧ィ繝・ぅ繝ウ繧ー繧ア繝シ繧ュ, 闃ア雖�, 譁ー驛�, 螟ォ, 螯サ, 繧ア繝シ繧ュ, 蠑�, 鬟溷刀, 逕倥>
【息子が30歳近くになっても結婚しないと心配する親御さんへ】

30歳の男性の場合、相手の女性も30歳近辺です。

女性も20歳のころは、愛だの恋だの言うでしょうが、30歳に近くなってくると現実的になってきます。

女性ってカラいところがあるじゃないですか。

平均レベル以上の適齢期の男性にたいして、女性は恋愛シャッター全開で迫ってきます。この攻勢に耐えきれる男性は多くないです。そもそも耐えきる必要もないわけですし。

【万が一という場合】

もちろん物事には絶対という事はありません。万が一という場合があります。

1 息子さんが夫のいる女性を好きになっている場合。

普通ありえないですよね、昼のメロドラマじゃないんだから。

2 息子さんが実はホモである場合。

これもないでしょう。そもそも親であるなら、息子の大まかな性的指向ぐらいは分かっているはずです。

3 息子さんがモテすぎる場合。

この場合は、親御さんからやんわり言ってあげるという選択肢もあり得ます。

【私の経験上の話】

私が35歳の時、大学の同窓会があったのですが、友人たちはすべて結婚していました。日本男性の生涯未婚率25%などというのはどこ吹く風状態です。
なかには大学の時、女性とのうわさを全く聞かない、「俺、女には興味がない」なんていう態度のヤツもいました。

そんなヤツっているじゃないですか?

そういうのも含めて、すべての男が結婚していました。平均以上の適齢期の男性に対する、女性からの恋愛プレッシャーは時代を超えてきついのです。

社会的ポジションが平均以上である男の場合、結婚に関して容姿はあまり関係ありません。まあ多少こぎれいな格好をしておけばいいという程度でいいでしょう。

実際はこぎれいにするというのが大事ではなく、こぎれいにしようとする努力をしていると相手にわかってもらうだけでも十分です。


関連記事






このページのトップヘ