magaminの雑記ブログ

2016年11月

日本がなぜ今このようにあるのかを考える。  日本の人口動態というのは、江戸時代中期に停滞して江戸時代後期に入りじょじょに増え、明治以降爆発的に増えるという状態になっている。明治維新以降、西洋文明が輸入されて日本が文明化されたとするなら、明治に入って日本の人口が増え始めるはずだ。普通に考えれば、明治維新は、原因ではなく結果だろう。明治維新的な何ものかが、江戸末期に至る100年ほどの間に少しずつ積み重なってきたということだと思う。  では何が積み重なってきたのか。  これは全く微妙な話で、学者先生などにはあまりに危険で簡単には断言できない事象だと思う。単なる歴史好事家の私があえて断言するなら、江戸末期の明治維新への助走には、朱子学の民衆への広がりというのがある。全ての人間に生きる価値があるという、朱子学の一君万民思想の正義の思想が、少しずつ日本人の社会観を傾けたのだと思う。  人口増加と一君万民思想は関係がないように思うかもしれないが、分かりやすい例を一つあげてみる。  近代までの日本では、子供の間引きというの当たり前だった。必要のない赤ちゃんとか、出来の悪い子供とかは間引きしてしまうわけだ。しかしそこに全ての人間が生きる価値があるなんて思想がはいりこんだとしたらどうだろうか。間引きされる子供の数は減り、人口は増えてくるだろう。  江戸中期以降、その観念世界を徐々に傾けてきた日本人が、明治維新を経て、日清日露を経て太平洋戦争にいたるという、日本の近代の歴史は、西洋文明ではなく、根本は朱子学を基点に傾いた世界を登るような歴史だったと思う。

坂口安吾が「ふるさと」という言葉を語りだすのは、昭和17年発表の「文学のふるさと」あたりからだ。しかし昭和23年発表の「死と影」で、坂口安吾は昭和12年ぐらいの時の自伝的なものを書いていている。

その中で三平という、まあほとんどホームレスみたいな人間と坂口安吾は友達になる。
三平は言う。

「センセイ、いっしょに旅に出ようよ。村々の木賃宿に泊まるんだ。物をもつという根性がオレは嫌いなんだ。旅に出るとオレの言うことがわかるよ。センセイはまだとらわれているんだ。オレみたいな才能のないやつが何を分かったってダメなんだ。センセイに分かってもらって、そしてそれを書いてもらいたいんだ。旅にでれば必ず分かる、人間のふるさとがね。オヤジもオフクロもウソなんだ。そんなケチなもんじゃないんだ。人間にはふるさとがあるんだ。そしてセンセイもそれがきっと見える」  

私は太平洋戦争の総力戦の状況が、坂口安吾をここまで押し上げたと思う。人間のふるさとを見てそれを書き記すなんていうのは、ふつうありえない。私も日本文学をかなり読んだけれども、この坂口安吾のふるさと論が近代日本文学最高の到達点だと思う。   

そして荘子にも同じような言説がある。  

「会えば離れ、成すれば壊れ、角は砕け、貴は辱められ、愚は堕ちる。知を積み重ねても、それは悲しい。弟子よ、これを記せ。ただ道徳の郷があるだけだと」  

荘子をここまで押し上げた何かが、戦国末期の中国にはあったと思う。坂口安吾をあそこまで、あの時代が押し上げたように。  

これは全く微妙な話で、語っている自分でさえ、その論理に自信がない。しかし、中国戦国というのは2000年以上過去の事象だし、中国戦国ファンというのも日本に一定数いると思う。

関連記事





日本の学校教育について考えてみる。  教育を終えて20年たった今になって不思議に思う。学校では、例えば数学は教えるのだが、数学的考え方というのは教えない。物事を実体と観念に分けて、観念のみを操作するのが数学的に便利だよ、なんて教えられたら数学的に救われる子供達がけっこういるのではないかと思う。さらにいうと、民主主義は教えるのだけれど、世間というものは教えない。歴史は教えるが歴史の傾きは教えない。  このような学校教育だから、賛否というものはある。教育こそが文明をささえているという考えもある。もう一方で、学校教育は社会にでてあまり役に立たないという意見もある。  これらの全てを巻き込む公約数というものはあるのかなと思って。  私が思いつくのは、日本の現代教育というのは、教育ではなく「選抜のシステム」ということ。数学を教えた結果、数学の出来ない人は文系にいってくださいみたいな。中学、高校で子供達は勉強の塊みたいなものを押し付けられて、それをうまく受け入れられた人が上位の大学にいくということなんだろう。日本の学校教育とは「選抜のシステム」であって、厳密に言えば「教育」ではない。  私なんか騙された口だ。教育だというから教育だと思ったら、教育ではなかったという。ただ選抜のシステムだったという。  まあ、これをトータルで考えると、日本はヌルイところがあるなと思う。最初から本当の事を言うシステムが日本にあったなら、日本のために力になれた人材がかなりいたと思うけど。

私は子供のころ、大人になると魔法が使えるようになると思っていた。  大人や大人の手下の子供は、多くの事を断言する。子供の私は、断言なんて全ての事を知っていないと出来ないよね、と思った。いくら大人でも全ての事を知ることはできない、だから彼らは魔法を使っているんだと思った。  さすがに中学生になると、そんなハリーポッター的な考えは薄れたけれど、なんだか断言する人間にビクビクする精神は残った。  これじゃダメだと思った、こいつらの上からかぶせていかなくてはいけないと思った。そんな私の心の基点が文学だった。私はただ彼らと共に断言する側に回ることだけは拒否した。  けっこうこんな感じでやっていけるもんだよ。あいつらたいした根拠があって、断言しているわけじゃない。結局何かに寄りかかって自信のある振りをしているだけ。あらゆる人間がそうだよ。例えば、人格者の医者は人格者なりの言説を語るだろう。しかしそもそも医学なんていうものは、あれは確固とした科学なのか。医学が二流の科学だとするなら、人格者の形をした医者は本当に人格者なのか。  このような論理はあらゆるものに当てはまる。彼らはただあいまいなものに寄りかかって断言しているだけなんだ。断言することを拒否した子供の私は、真っ直ぐに誠実ではあったと今でも言えると思う。  人間が怖くて引きこもっているなんていう人に言いたい。虚構を恐れて人生を無駄にする必要はない。

子供はお母さんのほうが好き。  

いっしょに寝てもあんまりあったかくない。子供のほうがあったかい。  

いつもラジオを聴いているので、ラジオがすきなのかと聞いたところ、無音だと小さいオジサンの声が聞こえてくるという20年目の衝撃告白。  

朝からからんでくる時がある。  

私が風呂に入ると子供を送り込んでくる。自分は一人でゆっくり風呂に入ることが、人生の最大の楽しみだと主張。  

排水溝を詰まらすほど髪が抜けても禿ない。  

冬は毛が抜けやすいと主張。  

おかあさんと呼ぶと、あんたのお母さんじゃないと言われる。  

さらにおかあさんと呼ぶと、あんたのお母さんは死んだでしょと言われる。  

私は、おかあさんは死なないんだよと言う。  

マザコンと言われる。

この世界の仕組みみたいなことを考える。分かりやすいので日本を例にとってみる。江戸時代以前というのは、日本とそれ以外の世界との境目というのはあいまいだったろう。江戸時代の鎖国政策で、その境目が多少はっきりした。そして19世紀にはいると、西洋のプレッシャーがきつくなって、日本はこのまま手をこまねいていれば日本は西洋の植民地になるだろうという状況になった。  日本はどうしたか?   根源的なことを言えば、価値観に明確な序列をつけて、価値の高いとされるものを国民に強力に推奨するという方法に出た。例えば、東洋よりも西洋だとか、貧乏よりも金持ちだとか、弱兵よりも強兵だとか。日本の世界は傾いて、日本人は傾いた世界が当たり前だと思うようになる。  日本の指導者層というのは、傾いた日本世界のその傾きの実践者であり表現者である。明治時代に、天皇の写真を火事になった校舎のなかに取りに行って焼け死んだ校長というのがいた。この人なんかは、日本世界の傾きの体現者だろう。 中流庶民というのは、ここまでは求められない。日本社会の傾きの実践者である必要はないのだけれど、傾いている振りはしなくてはいけない。世間体を保つとか空気を読むとか、まあそのようなことが求められる。  あと下層民とされる人たちがいる。このような人たちは、世界が傾いているなんて話をそもそも理解しようとしない。社会の虚構より日々の生活ほうが圧倒的にリアルに感じるのだろう。  かつて日本は自らの世界を傾けることによって独立を維持するエネルギーを内から調達しようとした。そのおかげで今の日本は、まがりなりにも先進国の一角を占めている。  ただムリをしたから社会の歪みみたいなものはある。上層階層を目指すなら、世界の傾きに強制的に自らの心の傾きを合わせてがんばらなくてはいけない。神経症にもなるだろう。中流庶民には絶えず嘘くささが付きまとう。例えば、乗っている車のレベルで人を判断するなんていう浅い思考で十分だと思うようになる。 そして下層階級は空気を読まないから馬鹿に見えるんだよね。  この世界が傾いているのはしょうがない。ただそれぞれの人がそれぞれの人と理解しあえるようになればいいなと思う。

「荘子」という書物は、戦国末期から前漢にかけて成立したという。もう2000年以上前になる。「荘子」は、価値観に序列をつけない、この世界にメリハリをつけない、なんていう根本思想を基本にしたさまざまな言説の集合だ。結果的に、アンチ近代の思想であり、アンチ近代の言説集合だ。  
現代のこの世界にはある種の傾きがある。他者とコミュニケーションをとりながら働かなくてはならないとか、日本と例えば韓国とは違う国なるものであるとか、もう本当に何でもいいのだけれど、ブスの女と付き合うのは恥ずかしいとか、贈り物は松坂屋がいいとか、まあ様々なレベルで傾きがある。「荘子」はこのような傾きを全て拒否する。 
 中国の春秋戦国時代というのは傾きのある世界だ。近代世界と似ていると私は勝手に判断している。戦国時代に入ると中国は領域国家にスキマなく分割される。今と変わらないだろう。戦国末期にはそれぞれの国家が、その存続をかけて総力戦を戦う。近代の二つの大戦とかぶるものがある。
  そんな中国の戦国末期に「荘子」は現れる。 
 「荘子」の冒頭はこのように始まる。 

 はるか北の海に魚あり。その名を「コン」という。コンの大きさ、何千里か見当もつかない。形を変え鳥となる。その名を「ホウ」という。怒して飛べば、その翼は垂天の雲のごとし。  

さらにこうある。  

海の激しく荒れる時、その風に乗り上ること九万里。まさに南の海に移らんとす。

 「ホウ」なる巨大な鳥とは何なのかというと、結局明確な説明は「荘子」内には一切ない。まあ素直に考えれば、ホウとは中国を統一するであろう帝国の隠喩だろう。これは私が勝手に素直に考えた仮説なんだけれど。 
 そもそも現代日本に存在する様々な社会的傾き、価値の序列、の多くのものは、日本が世界の中で生き残るためにある時点において設定され受け入れられたものだと思う。もし世界が一つに統一されたなら、日本特有の社会的傾きなんて必要なくなるだろう。世界の傾きが失われた時に立ち現れるのが荘子の言説だと思う。 

 羊角して上ること九万里  だって  

かっこいいよね。

引きこもりって、何で引きこもっちゃうのかなと考える。昨日、引きこもった後自殺した人の残したホームページを閲覧して、なんだかテンションの下がるような気がした。引きこもった上に自殺して、最後に自分の人生には意味がなかったと書き残すとか、そういうこともあるかと思って。  その自殺した彼、子供のころから今までの体験にたいする感想みたいなものをつらつら書いていて、それらの言説群には奇妙な角度があるんだよね。家が貧乏でみすぼらしい家を友達に見られるのがいやだったとか、兄が自殺したときはたいして悲しいとは思わなかったとか、仲のよかった友達の家族について異常に詳しく書いたりとか。  自意識過剰といってしまうと言い過ぎになるだろう。正確に言うと、社会の方が彼に自意識過剰を期待して、彼の方もその期待にこたえようとしてそして失敗したみたいな。彼に言わせれば社会が悪いということになるだろうし、社会の方から見れば彼はプライドが高すぎたということになるだろうが、客観的に見ればだよ、この社会に何らかの角度がついていて、その角度に彼が能力を超えて反応してしまったということだろうと思う。  この社会には個々人に何らかの期待するレベルというものがあるかもしれないが、それは無理してクリアするほどのものでもないと思う。人に自慢できるような仕事につけなければ、バイトでも派遣でも何でもやればいいし、オープンマインドでさえいれば、彼女だって出来ない事はない。なんせこの世界は男と女、ほぼ同数だから。自然体で生きるということも、この世界では拒否されるわけではない。  変な角度をつけて死ぬまでいくこともないと思う。

荘子は万物は斉同(せいどう)だと言う。簡単に言うと、あらゆる価値観は等しいということ。近代以降の世界は、物事の価値観に序列をつけて世界を認識するというスタイルだ。そんな世界には疲れたなんていう人は多いと思う。あらゆる価値観が等しいなんていうことになれば、まあ、こんな楽な世界はないだろうね。うつ病なんていうのも、価値に序列をつけようとするところから発する、近代病みたいなところがあると思う。  あらゆる価値観が等しいなんて言ってしまうと、ある意味無敵なんだよね。それは頑張らない理由にもなるし、結婚しない理由にもなるし、働かない理由にもなる。そんな世界が継続してくると、おそらく否定も肯定もできないような言説が大量に現れてくるだろう。何でもいいのだけれど、例えばこの世界は巨大な亀の上にのっているだとか、太平洋戦争はルーズベルトの陰謀だとか、まあそのようなたぐいのものだ。  これがいいのか悪いのかという話。  荘子を読んで思うのは、アウグスティヌスの「神の国」に似ているということ。ローマ帝国末期、アッティラ率いるモンゴル民族がローマ帝国を席巻したとき、キリスト教徒はこれを「神の鞭」と呼んだ。アッティラを「神の鞭」って無抵抗主義過ぎるだろうと思うのだけれど、あらゆる価値が等価だなんていう世界では、何かに抵抗しようとする意識さえも存在しにくくなるのだろうと思う。  ローマ帝国は滅びて、そして二度と復活しなかった。しかし中国は違う。秦漢帝国は崩壊しても随唐帝国として復活した。中国は何度でもよみがえる。唐が滅びても宋として、元に滅ぼされても明として、清に滅ぼされても今、中華人民共和国として。これはなんなのかと思って。  世界観を傾けることによって文明は発展する。世界観を傾けることによって明確な価値の序列が生じ、それをエネルギーに文明は発展する。そして文明が成熟し世界観の傾きが修正されてくると、荘子の万物斉同のような言説が現れ、世界は終わるはず。ところが中国の特異だったところは、世界を傾けるということからさらに、時間を傾けるという思想に至ったところだと思う。例えば十八史略とか、時間に強弱をつけて、それを歴史となして生きる道標にしようという、時間を傾けて価値観に序列をつけようというわけだ。このへんがローマ帝国が滅び、中国は何度も蘇るり理由ではないかなと思う。  中国が時間に角度をつける最初というのは、孔子の春秋からではないかと思う。  あの春秋ってなんなのかと思う。  多くの人があの春秋に意味を見いだそうとした。春秋なんて、ただ魯(ろ)という小国の年代記で、時間の闇に埋もれたとしても不思議でもなんでない。孔子が魯の年代記作成にかかわったかもしれない、それだけ全く莫大な価値をえた。 春秋という年代記を、結局は今から2500年前の中国の春秋戦国時代の人々がはるか高みに押し上げた。春秋戦国の人々は、生き残りのために全くぎりぎりの戦いを戦ったという。この二つのシステムの協力が、荘子の万物斉同というガラスの天井をぶち破ったのだと思う。  すごいとは思わないか。  世界を傾けることが出来ないなら、時間を傾けてやろうなんて思考に至ること。  例えば今のアメリカ。アメリカ国民は世界を傾けることに疲れたから、トランプを大統領に選んだのだと思う。そしてこの後アメリカが崩壊していく過程で、アメリカ自身は時間を傾けて歴史を、アメリカの歴史を創造していこうなどという思考に至ることは出来るだろうか。  このように考えると春秋戦国のあの古代がどれほど偉大であったかというのが分かってくる。

思うのだけれど、人間がこの世界で生きるということは、この世界の傾きを体感するということなのではないかな。何を言っているのか分かりにくいと思うのだけれど、例えば人間以外の生物にとっては、世界は水平だと思う。ウグイスがほーほけきょと鳴けば、ウグイスにとって世界の全てを表現する。なぜなら世界が水平だからだ。 

 人間はこの世界に傾きをつける。  

文化文明によってこの角度に差がある。だいたい角度が急であるほうが文明的だとされる。この世界は進歩しているなんていう進歩史観は、世界が傾いているという世界観を助長し、その社会の構成員のエネルギーを引き出すためのイデオロギーとなるだろう。 
 近代において西洋が強烈な存在感で世界を席巻したのは、この世界観に傾斜をつけるという、この人間特有の認識を社会全体として強調してきたからではないかなと思う。さらに言うと、日本の明治維新が成功したのも、当時の日本が世界観に西洋並の傾斜をつけるということが出来たからだと思う。なぜ出来たのか? 桜がキレイだとか、人間がまじめだとか、そんなものでは世界観に傾斜をつけることは出来ない。孔子、孟子、朱子、王陽明、このラインの中国思想が日本に「世界を傾ける」という智恵みたいなものを供給したのだと思う。  
世界観を傾けることで力を調達し、その世界は周りの世界を支配するという。支配する世界と支配される世界が現れて、そこでは支配される世界より支配する世界のほうが価値が高いような感じがしてしまう。アフリカよりもヨーロッパの方が価値があると考えてしまうのと同じだ。しかし世界観の傾きによって結局価値なるものが配分されるとするなら、その価値なるものは本当に貴重なものなのかと考える余地はあるよ。 
そしてさらに言うなら、現代の先進国はその成長率を鈍化させている。すなわち世界観の傾斜が緩やかになっている。世界観の傾斜を急にすることによって、西洋世界は多数の植民地を獲得したということを思い出して欲しい。先進国の成長率の鈍化というのは、大きい意味での価値の転倒にもなりえるのではないか。  

無理に難しい話をしているわけではないのだけれど、ちょっと分かりにくいか。例えば本居宣長が「さかしら」なんて言ったのは水平社会観の日本に傾きをつけるんじゃない、なんていうことではないか。

このページのトップヘ