magaminの雑記ブログ

2016年10月

自分の妻が浮気したからといって別になんともとも思わないね。逆に夫婦の夜のいとなみに刺激があっていいぐらいのものだと思うよ。男と女なのだから、結婚したら単純にお互いが束縛しあうなんていうのでは多少の無理も生じてくると思う。パートナーに浮気されて、俺とやっていたことをアイツともなんていう情念にとらわれるようでは、まあなんというか、甘えているというか、まあそのようなものではないかな。                            昔、後藤象二郎が岩崎弥太郎だっかに自分の妾を押し付けたことがあった。岩崎弥太郎がいやな顔をすると後藤は、                                                                  「女というのは風呂に入ればいつでも新品なんだよ」                                     と言ったという。これは私が言ったのではなく後藤象二郎が言ったわけなんだけれども、なんだか個人的には真理をついているような気がする。結局、パートナーに浮気されて落ち込むようでは話にならないと思うんだよね。自分に自信があるのなら、ていうか自信はあるよね嫁なのだから、上からかぶせていかないと。上からかぶせる前に離婚とか、他の男に穢されたから分かれるとか何様だというのか。上からかぶせてみてだよ、嫁が相手の事がより好きだというのでは、これはもうしょうがない。分かれればいいよ。自分の力不足なのだから。相手が浮気したから離婚してすぐ慰謝料のことを考えるとか、ばかばかしすぎるだろう。自分の力不足がだよ、100万や200万の金になったからといって、それの何が慰謝なのか。

丸山真男の「日本の思想」は有名な評論だと思う。その内容はというと、日本の思想は伝統的に座標軸が欠如していて、あらゆる外来思想を等価値に自分の中に抱え込み、時代にふさわしい価値観をそのつど取り出すというスタイルだという。結論として、このようなずるずるべったりの思考をしているから日本はだめなのであって、日本人は強力な自己制御力で価値観を序列化し主体を生み出すことが必要だ、というものだ。           これだけの解説だと分かりにくいかもしれない。                                      補足をしておく。一人前の人間とは何かというと、自らが自らを制御する人間ということだろう。では自らを何を手がかりに制御するのかというと、自ら信じるところの一つの観念によってだ。その観念によって自分の周りにある価値観を秩序づけるわけだ。ここで大事なことは何の観念で自分の世界観を秩序づけるかということ。その中心観念は出来るだけ正義に近い方がいい。お金とか世間体とか会社とか、その程度のものを中心観念にしてしまうと、それによって出来上がるであろう世界観は、福沢諭吉に言わせれば惑溺、プラトンに言わせれば思惑、まあそのような中途半端なものになるだろう。                                         そして丸山は、日本にはそのような自ら選択した観念によって世界を秩序付けようという伝統がなかったという。丸山が「日本の思想」を書いたのが昭和32年だから、昭和32年までは世界を秩序付けようとする努力が日本には乏しかったということだろう。丸山が言うには、明治以降に日本に世界を秩序付けようとする強力なイデオロギーが西洋から来たという。ひとつはキリスト教でもうひとつはマルクス主義だ。それは間違いではないだろうけれども、キリスト教とマルクス主義なんていうものが日本のこの世界を秩序付ける本流にだよ、常識的に考えてなりえるだろうかと思って。丸山が「日本の思想」の中で言外に言おうとしていることは、日本人は戦前、その世界観を秩序付けることが出来なかったからファシズムに喰われてしまった。キリスト教やマルクス主義によって日本人それぞれがだよ、自らの世界観を秩序づけて一人前の人間になっていたのならあのような太平洋戦争は起こらなかったという、まあそのようなことがいいたいのだと思う。確かに、日本人は戦前、その世界観を秩序付けることが出来なかったからファシズムに喰われてしまった、という論理には真理を含んだものがあると思う。ただ、キリスト教やマルクス主義によって日本の世界観を秩序付けるべきだという論理はどうだろうか。日本には日本の正義があってしかるべきだと思う。                                           さらにいえば、明治維新以降の日本の歴史は自らの世界を秩序付けようとする苦闘の歴史だったと思う。自らの正義を探して流離う日々だった。太平洋戦争の大敗北というのは、日本人が自らの世界を秩序付けることの失敗の結果だったろう。しかし失敗したからといって、日本には世界を秩序付けようという伝統がない等と簡単に言ってしまうのはどうだろうか。明治維新から太平洋戦争まで80年間、失敗したとはいえ世界を秩序付けようとした歴史があるわけで、ここまで来るとこれも一つの伝統ではないだろうか。

【なぜ30年前はみんな結婚していたのか?】
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今から思い出してみて、25年前、結婚というのは当たり前の事だった記憶がある。今ではとても結婚できないだろうなんていう男も普通に結婚していた。

私のオジサンは当時40歳職歴なし、自称詩人だったけれども、とりあえずバツイチだったし。

これ、当時何故皆婚時代だったのかというと、結局社会的プレッシャーがあったからだと思う。結婚プレッシャーといってしまうと話が簡単になってしまう。一方向から来るプレッシャーは認識できるのだけれど、全方向から来るプレッシャーというのは認識できないんだよね。          

1990年当時、私は20歳の健康な男性であって、もちろん性欲というのもあった。性欲というのは下半身の問題ではあるのだが、20歳のころの私はその性欲が胸の辺りまで来ていたような気がする。

今から考えると、私はそう性欲の強い方でもないし、当時から流行なんてものも大して興味はない。こんな私でさえ、好きな女性のパートナーを見つけなくてはいけないなんていう熱い欲求が胸辺りまで来ていた。          

当時の日本はあのバブルの絶頂だった。

当時私は名古屋に住んでいたが、あの名古屋にすらディスコというのがあった。男は高級ホテルを予約してクリスマスイブに彼女と夜をすごすというのが流行っていたというか、当たり前だった。大学の卒業式の日に、卒業する先輩の女の子に、あんたレンタカー借りて花束持って卒業式の会場の外で待っててくれない? なんていわれたこともある。丁重に断ったけれども。                        

結局、当時の彼彼女達の多くは、社会的なプレッシャーによってパートナーを得なくてはいけないという意識に頭のてっぺんまで覆われていたのだと思う。男だけではなく女も状況は同じなのだから、生涯未婚率も低くなる。 

時代にも雰囲気というのはある。かっこよく言えば、時代精神ということだろう。この時代精神に抗うというのは並大抵の事ではない。

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個人的に、秦の始皇帝、法家、韓非子、というイメージだったので、韓非子は法律で国家を締め上げる覇道というイメージだったのだけれど、実際読んでみると違うね。韓非子とは、一君万民体制国家を構築維持するための君主にとっての指南書のようなものらしい。                                              孟子は王道というイメージ。覇道に対して王道。実際、梁の恵王にも仁義を説く。しかし歴史的には「孟子」は宋の時代に朱熹によって、士大夫が人民を統治するための言論の拠り所とされた。中国では宋以降一君万民体制が確立されたと「シナ論」にもあった。                                                 これをトータルで考えるとどういうことかというと、一君万民体制という秩序体制において、一君を支えるものが韓非子であり、万民を支えるものが孟子であるということではないのか。我々はもちろん一君ではなく万民側なのだから「孟子」を学べばいいだろう。それでは一国の君主はというと、これは密かに韓非子を読むということになる。    孟子と韓非子というのは世界の裏表ということだろう。                                    これはいいにくいのだけれど、昭和天皇も韓非子を読んだ方がよかったと思うな。明治以降、教育勅語とか朱子学的な教育体制が国民に強要されたにもかかわらず、天皇周辺にはイギリス風自由主義的な教育が浸透していったのはの一君万民体制の日本においてはアンバランスだったのではないかと思う。国民には教育勅語、皇室は自由主義というのではちょっとひどいね。敢えて西園寺の名前を出す。イギリス風しか選択肢がなかったのならともかく、皇室には韓非子という選択肢があったのに。これもいいにくいのだけれど、太平洋戦争の日本のあの負けっぷりも、国民には一君万民体制の発展系の総力戦を呼号しながら、皇室周辺はイギリス風自由主義などというふざけきった二重性に原因があるのではないか。例えば木戸日記なるものは、もう一度再検証されてしかるべきだ。木戸 幸一は自由主義をもって天皇をサポートしましためでたしめでたし、というのではお花畑過ぎるだろう。これもいいにくいのだけれど、国民とエスタブリッシュメントとの意識のねじれが、結局はガダルカナルやインパールの状況を生んだのだと思う。

太平洋戦争のポイントオブノーリターンを探る意見は多い。

満州事変、盧溝橋、第二次上海事変、南部仏印進駐、昭和16年9月の御前会議、真珠湾。

まあ、様々だ、好きなところを選んでくださいみたいな。選ぶのが難しいのは、当時の日本が世界からどのように思われていたかというのがよく分からないということがある。戦争というのは自国だけの問題ではなく、他国との問題なわけだから、日本の立ちいちがどのようなものだったかというのは、太平洋戦争のポイントオブノーリターンを考える上で重要だろう。何でもそうなのだろうけれど、好かれていたやつがぼこぼこにされるのはその理由は直近にある。嫌われていたヤツがぼこぼこにされるのはその理由はかなりさかのぼられるだろう。で、戦前の日本がどうだったかというと、かなり嫌われていたらしい。                     

これがなぜ嫌われていたのかというと、徳富蘇峰によると中国が国際会議でかなり強力な反日プロパガンダをやったということらしい。これは中国がずるいとかそういう話ではなく、そのような戦術を当時の中華民国がとったというそういうこと。中国の努力によって日本が嫌われていたのなら、太平洋戦争のポイントオブノーリターンは普通に考えるより前倒しになるだろう。徳富蘇峰はそれを盧溝橋といっていた。満州事変によって望外に満州国なるものがいできたったのだから、本来なら満州国を抱えて10年世界の移ろいゆく様を見るべきだったという。そうだろう。石原莞爾も同じ思いだったのだろうが、歴史的な事実は、石原ができたのだから俺もできるだろうみたいな現地の戦線拡大派がヘゲモニーを握ってしまったという。                                     

歴史としてさかのぼれるのはここまでだろう。考えようによっては、統一感のない日本には満州事変すらムリだったということもありえるが、さらになぜ当時の日本には統一感がなかったのかというと、これはまた歴史と哲学とを混ぜ込んだ難しい問題になってくるだろう。
                                            
歴史に「たられば」なんていっても、これ全くしょうがないのだけれど、満州事変の成果を当時の日本政府が正統に回収してここで日本は地力を蓄えるのだというプロパガンダが国民に浸透することがありえたなら太平洋戦争の惨敗はなかっただろうとは思う。

いやでもこれかなりハードル高いよね。

当時の若槻内閣が満州事変の成果を回収できたとも思えないし、当時の日本人に、これは現代でも同じなのだけれど、地力を蓄えるために10年我慢しろなんていうプロパガンダが浸透するだろうか。現代の団塊の世代なんて10年我慢したら死んじゃうなんて言い出すだろう。歴史としてのポイントオブノーリターンとは結局このようなものだと思う。




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儒教における聖典というのがあって、四書五経(ししょごきょう)という。

五経というのは、「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」を指すのだけれど、正直この辺は読んでもよく分からない。中国の宋代に入って、この五経を棚上げして、論語「大学」「中庸」「孟子」の四書を重視しようという流れができた。この流れを集大成したのが朱子学だ。

しかし、「大学」「中庸」というのは「礼記」のなかのそれぞれ1篇であって、すなわち近世以降の儒教においては、論語と孟子が二本柱となっている。

では、「孟子」なる書物にはどのようなことが書いてあるのか。全文紹介するというのはだいそれたことであって私なんかにはムリなのだけれど、「孟子」の最後のところだけ、私なりに紹介します。

「万章曰く、孔子は我が門を過ぎて我が家に入らざるも、我恨みざる者はそれただ郷原(きょうげん)か。郷原は徳の賊なりとのたまえり 問う。いかなればすなわちこれを郷原(きょうげん)と言うべき」

論語の陽貨第十七 457 に

子日わく、郷原(きょうげん)は徳の賊なり

とある。孟子の弟子の万章は、論語のこの部分の意味を問う。まず郷原とはなにかということだ。普通、郷原というのは、村の誠実な人という意味なのだけれど、万章の質問に対して、孟子はこのように答える。

「この世に生まれてこの世の為す所を為さんのみ。(人からよく言われれば)すなわち可なりといいて、えん然として世に媚びる者は、これ郷原なり」

つまり、この世に生まれて世間の期待通りに生きて、よろしくやれればそれでいいという、これが郷原なわけだ。ちょっと物足りないヤツらだとは思うけれど、徳の賊なんて言われるほどのこともないのではないだろうか。

万章も同じようなことを考えて、孔子が郷原を「徳の賊」とまで言ったのはなぜかと問う。これに対して孟子は答える。

「これを非(そし)らんとしても言うべきなく、これを刺(そし)らんとしても刺るべきなし。流俗に同じくし、汚世に合わせ、ここにおること忠信に似、これを行うこと廉潔に似たり。衆皆なこれを喜び、自らはもって是となさんも、しかももって尭舜(ぎょうしゅん)の道に入るべからず。故に徳の賊というなり」

尭舜(ぎょうしゅん)とは、中国古代における伝説の聖王。

郷原のよくないところは、いい人であるふりをしているところだと言うわけだ。ふりをすることが罪なんだな。

プラトンも国家という本の中で同じ論理を展開していた。「国家」において、ソクラテスは「正義を救ってくれ」と懇願される。どういうことかというと、この世の中、多くの物や観念は何らかの役に立つという理由で存在が許されているわけなんだけれど、「正義」ほどの重要観念ならそれ自身の中に存在の価値を確立して欲しいという。「正義」というものが、人から評価されるとかお金が儲かるとか、そういう下賎な価値で支えられるというのではなく、正義が自らの足で立つにはどうすればいいのかというわけだ。

孟子もプラトンも、価値は自分の外ではなく自分の内に持つべきだと言うわけだ。

これは極めて近代的な考え方だろう。現代でも道徳の内面化が必要だ、などとよく言われる。私は「道徳の内面化」という言葉は好きではないけれども、このようなことを言っている人の意味するところは、価値を自分の中に持ちたいという渇望だろう。

孟子やプラトンはすごいよね。2300年も昔に、すでに近代的な考え方をしていると言う。本当にすごい、孟子やプラトンは近代的な考え方をしている。

本当に?

論理は逆なのではないだろうか。孟子やプラトンが近代的な考え方をしているのではなく、近代が孟子やプラトン的な考え方をしているのではないだろうか? ヨーロッパがかつてルネッサンスで発見したものはプラトンだろう。日本の明治維新の原動力の根源は孟子だろう。吉田松陰も佐久間象山も魂を傾けて孟子を読んでいた。

孟子における「価値が内在化する世界観」の根拠は何か。「郷原は尭舜(ぎょうしゅん)の道に入るべからず」のあと、孟子はどのように語っているのか。

「尭舜(ぎょうしゅん)の道に入るべからず。故に徳の賊というなり。

孔子いわく、似て非なるものを憎む。雑草を憎むはその苗をみだるを恐るればなり。..言葉巧みを憎むはその信をみだるを恐るればなり。..紫を憎むはその朱をみだるを恐るればなり。郷原を憎むはその徳をみだるを恐るればなり」

社会秩序の強度というのは、価値というものをその社会の外ではなく、内に持つことから立ち現れるということはありえる。郷原は、価値を自分の外に依存しているわけだから、大きい枠組みで見れば秩序のフリーライダーだというわけだろう。

故に、孔子は似て非なるものを憎む、だ。

論語 陽貨第十七 462 にこのようにある。

子日わく、紫の朱を奪うを悪(にく)む。鄭声(ていせい)の雅楽(ががく)を乱(みだ)るを悪む。利口(りこう)の邦家(ほうか)を覆(くつがえ)すを悪む。


孟子は、最後にいたって論語の言葉を重ねてきている。孟子の論理の根拠というのは、けっきょく論語の世界観にある。論語を強力に自分にひきつけることによって、新しい世界観を押し出そうということだろう。プラトンもその語り手はほとんどソクラテスだった。

「孟子」は実質的に最後、このように終わる。

「郷原を憎むはその徳をみだるを恐るればなり。君子は常の道、治まればすなわち庶民興る。庶民興れば、すなわち邪悪なし」

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