magaminの雑記ブログ

2015年07月



資産合計 37,267,567 円

15000株空売りしている6701日本電気、あの決算であれほど上がるもんかな? 
誰が悪いというわけでもなく、自分が悪いのです。昨日5401新日鉄の決算が日経の観測記事と変わらないにもかかわらず、あの上げでしたから。こいつ決算悪いだろう、なんていう銘柄は逆に危ないなんていうヒントが目の前にあったのです。それに気づいていれば6701の今日の上げにも対処できたのに。

問題はこの後です。

7731ニコンを3000株空売りしています。弱いものを売るというのが空売りの鉄則です。流れからするとこれ、危ないですね。8月6日決算発表ですから、まだ時間はあります。これは一発投げておきますか。同じ間違いを3回繰り返すわけにはいかないですから。



日本は人口の増加と停滞をそれぞれ4回繰り返しているそうですよ。

3回目の人口増加は、室町後期から江戸時代前期。江戸時代後期は人口が停滞します。家父長的家制度、妻は内から家を支えるべきという女性観、男も女も家を構えて一人前という皆婚制などの現代において保守的とされるイデオロギーは室町後期から徐々に始まって、江戸時代後期に完成しました。

室町以前においては、家父長的家制度なんていうものとは違うもっと別の価値基準みたいなものがあったのだと思います。そのかつて存在したであろう価値基準と新興観念である家父長的家制度という価値基準が、江戸時代前半においては競り合いながら共存していたと思います。人口が増える成長期には古い価値観でも残存することは可能でしょう。日本経済が調子のいいときはダメな会社でも存続していける、みたいなものです。しかしこれが人口の停滞期にはいると、競争力のない価値観というのは急速に駆逐されるでしょう。結局、現代から過去を見ると一つ前の価値観、すなわち家父長的家制度は理解できるのですが、もう一つ前の価値観というのはよく分からなくなってしまうのです。

そして現代。
2000までの日本の人口の増加というのは19世紀半ば頃から始まっています。ですからこの150年間は古い価値観と新しい価値観の競争的共存の時代でした。古い価値観とは家父長的家制度、新しい価値観とは個人の自由な精神、ということです。人口が増えている間は、二つの価値観を抱える社会的な余裕があるのですが、人口が停滞してくると古いほうの価値観は淘汰されるでしょう。
もう日本の人口は減り始めています。
家父長的家制度てき観念はこれから急速に消えていくでしょう。女性は家にいるべきだとか、女性は頭がいい必要がない等と考える男性は、結婚できない事、もしくはその子供が結婚できない事によって必然的に淘汰されていくでしょう。そして200年もたてば、家父長的家制度というものがなんだったのかということすら忘れられてしまうでしょう。


資産合計 37,902,846 円

今日は現物-10万、信用+20万、トータル前日比+10万でした。ここ2週間ほどの戻りで売りあがった空売り銘柄がわずかですがプラス圏に浮上してきました。こんな感じでゆっくり下がって欲しいです。長く楽しめますから。

昨日は15歳と6歳の二人の娘を連れて映画館にいって、「バケモノの子」を観てきました。私、本当はターミネーターを観たかったのですが、女の子達はターミネーターに何の興味もないらしいです。じゃあ、しょうがないですよね。映画を見た後、優待消化のためクリエイトレストラン系のハーベストで食事をして、これまた優待消化のためアダストリア系のグローバルワークで娘の服を買って帰りました。
私にも私の人生があるとは思うのですが、どうしても重心が子供のほうに行ってしまいます。若い時女の子と付き合っても、自分の心の重心が女の子の方に行くなんていうことはなかったのですが、子供というのはすごいものです。重みがあるのですね。

「バケモノの子」、まあまあ面白かったですよ。

徳富蘇峰が見直される時が必ず来ると思います。

徳富蘇峰が「終戦後日記」のなかで、自分は終始一貫貴族主義者に対しての平民主義者であったと言っています。平民主義者の徳富蘇峰が、昭和に入って何故軍部をヨイショするようになったのか?
終戦後日記にあの戦争の原因を歴史的に考えているところがあります。

まず

「藩閥政治が凋落して、民権論者が勝ちをせいしたる暁は、いわゆる政党横暴の時代となった」

とあります。民権論者が勝ちを制した、というのはおそらく、大正二年桂太郎内閣が第一次護憲運動で倒れ、その後を継いだ山本権兵衛内閣が大正三年シーメンス事件で倒れた後、大隈重信内閣が誕生して、その後寺内内閣を挟んで本格政党内閣である原敬内閣のところまでのことを言っているのだと思います。
原敬内閣は政党横暴だということでしょう。これはなんとなく分かります。最近は金権政治というものはあまり聞かなくなりましたが、1990年以前は今から考えるとひどい政治が跋扈していました。ロッキード事件、リクルート事件、佐川急便事件、金丸金権問題など、次から次、政治にはお金がかかるからしょうがない的な雰囲気でした。原敬と小沢一郎というのは同じ岩手県出身の議員だというのは偶然ではないでしょう。原敬は大正10年暗殺されます。

徳富蘇峰は続けて

「せめて普通選挙でも行えば、国民の意思が盛り上がるだろうと考えたが、その結果は投票売買の最悪なる買収政治となってきた」

とあります。
普通選挙法の制定は大正14年加藤高明内閣です。それまでは納税額が多い人のみが投票できる制限選挙でした。実際の普通選挙は昭和三年田中儀一内閣時に行われています。最悪なる買収選挙というのはこの第16回衆議院議員総選挙のことを言っているのだと思います。

さらに

「その後、官僚と政党とはやがては野合し、なんとも名状しがたき政治を打ち出した」

とあります。これは浜口雄幸、若槻礼次郎の憲政会内閣のことだと思います。あの当時は世界恐慌の末期で、かなりひどい不景気時代ではありました。

最後に

「最後の望みは陸海軍と皇室である」

とあります。この希望が結局はあの太平洋戦争に続いていくわけです。

太平洋戦争。あの時代は何故あんな事になってしまったのだろう。こんな事を言ったら申し訳ないのですが、軍隊がなければ戦争が起きなかったなんて考えるのは、申し訳ない、これは子供の論理です。徳富蘇峰が戦争に至る道をなぞってくれています。これを見れば、わたし達が戦争を避けるために本当に出来るであろうことが何かが分かるのではないでしょうか。




「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」は有名な本で、いろんなところで引用されます。さらに、題名からしていかにも資本主義というのはプロテスタントにその源流があるかのような感じで、日本や現代中国が経済発展した今、影響力が落ちているかのような、そんなイメージの本だと思います。

しかし実際に読んでみるとこの本は懐の深いところがあって、「資本主義の精神」にいたるには様々なルートがありえるだろうが、ヨーロッパにおいてはプロテスタントが一つの太い道なのではないか、と主張しています。この本が書かれたのは1905年。当時先進国なんていうのは、欧米列強のみ、あと付け加えるならギリギリ日本という感じだったと思います。ですからヨーロッパ中心主義みたいなことを主張したとしても、そう問題もなかったでしょう。しかしマックスウェーバーはきわめて誠実な人だったのでしょう。この本を読みながら、私は何故日本に資本主義が立ち上がったのかを考える事ができました。

今の日本の中産階級もそうなのですが戦前にも中産階級は存在していて、その精神的な規範というのは「誠実に労働し誠実に消費する」ということです。
子供の頃、友達の家におよばれに行った時、貧乏な家に行った時の方がご飯が豪華だったなんていうことはなかったでしょうか? 
中流階級よりも下層のほうが消費が派手なのです。

日本の中産階級が、日本経済をここまで持ち上げたというのは間違いないところだろうと思います。では日本の中産階級はどこから来たのか? 
江戸時代中期以降、日本の農村に「通俗道徳」というものが発生します。「通俗道徳」とは、農村共同体の枠内でその構成員が勤勉、節約、あわれみ、などの徳目を守ることにより共同体を合理化し、より共同体の存続を確かなものにするためのものなのです。分かりやすい枠組みでいうと、「家」ですね。「家」の構成員が、与えられた役割をそれぞれにこなす。それでこそ家が未来へと継続するのです。村というのは家々のヒエラルキーですから、村の指導者層は村を維持するために、自らが理想の家を体現する必要がありました。島崎藤村の「夜明け前」なんかを読むとよく分かるのですが、明治維新以降、村の指導者層が「通俗道徳」を実践する上でその精神的なよりどころとなったものが天皇制です。
明治政府もそのあたりのことは認識していたらしく、徐々に天皇というものを日本の家長として押し出してきました。国民には日本という「家」の構成員として、「家」存続のための「通俗道徳」的努力が要求されました。これは、当時日本国の独立を維持するためにどうしても必要なことだったのです。このような歴史の要求の中で日本の中産階級が育ってきたのでしょう。

残念なのは、最後にあんな太平洋戦争みたいなことになったことです。過去を忘れてしまったから、すべてが分かりにくくなってしまった。思い出す努力をした方がいい。



「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」は有名な本で、いろんなところで引用されます。さらに、題名からしていかにも資本主義というのはプロテスタントにその源流があるかのような感じで、日本や現代中国が経済発展した今、影響力が落ちているかのような、そんなイメージの本だと思います。

しかし実際に読んでみるとこの本は懐の深いところがあって、「資本主義の精神」にいたるには様々なルートがありえるだろうが、ヨーロッパにおいてはプロテスタントが一つの太い道なのではないか、と主張しています。この本が書かれたのは1905年。当時先進国なんていうのは、欧米列強のみ、あと付け加えるならギリギリ日本という感じだったと思います。ですからヨーロッパ中心主義みたいなことを主張したとしても、そう問題もなかったでしょう。しかしマックスウェーバーはきわめて誠実な人だったのでしょう。この本を読みながら、私は何故日本に資本主義が立ち上がったのかを考える事ができました。

今の日本の中産階級もそうなのですが戦前にも中産階級は存在していて、その精神的な規範というのは「誠実に労働し誠実に消費する」ということです。
子供の頃、友達の家におよばれに行った時、貧乏な家に行った時の方がご飯が豪華だったなんていうことはなかったでしょうか? 
中流階級よりも下層のほうが消費が派手なのです。

日本の中産階級が、日本経済をここまで持ち上げたというのは間違いないところだろうと思います。では日本の中産階級はどこから来たのか? 
江戸時代中期以降、日本の農村に「通俗道徳」というものが発生します。「通俗道徳」とは、農村共同体の枠内でその構成員が勤勉、節約、あわれみ、などの徳目を守ることにより共同体を合理化し、より共同体の存続を確かなものにするためのものなのです。分かりやすい枠組みでいうと、「家」ですね。「家」の構成員が、与えられた役割をそれぞれにこなす。それでこそ家が未来へと継続するのです。村というのは家々のヒエラルキーですから、村の指導者層は村を維持するために、自らが理想の家を体現する必要がありました。島崎藤村の「夜明け前」なんかを読むとよく分かるのですが、明治維新以降、村の指導者層が「通俗道徳」を実践する上でその精神的なよりどころとなったものが天皇制です。
明治政府もそのあたりのことは認識していたらしく、徐々に天皇というものを日本の家長として押し出してきました。国民には日本という「家」の構成員として、「家」存続のための「通俗道徳」的努力が要求されました。これは、当時日本国の独立を維持するためにどうしても必要なことだったのです。このような歴史の要求の中で日本の中産階級が育ってきたのでしょう。

残念なのは、最後にあんな太平洋戦争みたいなことになったことです。過去を忘れてしまったから、すべてが分かりにくくなってしまった。思い出す努力をした方がいい。

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