magaminの雑記ブログ

2015年02月


荻生徂徠(1666-1728)は江戸中期の儒者です。

私達のこの世界は何故このようにあるのか? 天皇制とは何なのか、太平洋戦争とは何なのか、明治維新とは何なのか、連なる疑問を考え続けて、ついに荻生徂徠の「政談」まで読む羽目になりました。

荻生徂徠の「政談」は、読みにくくはありますが、内容的には理解可能な範囲です。
核心部分だけをざっくり要約すると、
徳川幕府のシステムというものは、ただ家康公の遺産を継続しているだけで、現状においては体系的社会システムとして統一性がない。現在、武士は城下町に居住しているが、これでは日本全国を統一的に支配する事はできない。武士が農村に住むということから始めて、日本を精神的物質的に統一して、一つの生命体、一つの体系として活性化するべきだ、というのです。

この考え方は、国民の精神生活まで国家が手を突っ込んできた明治国家、さらには現代の日本につながるものがあります。

荻生徂徠は、国民を導く体系的システムを「術」と言います。中国古代の堯舜などの聖人は、国民の精神面物質面を何百年にもわたって巨大に巻き込む術を形成しました。そこに生きる人間は、その術なるものを意識することなく、社会を維持することにそれぞれの生きがいを見いだし、自分の人生に満足しながら次の世代にその精神を継承する。何百年にもわたり時代は維持されるのです。

これは古代における理想郷の話のように思えてしまうのですが、実は明治維新から現代に至るまでの、何らかの日本近代精神の核心をえぐるものではないでしょうか。
現代日本において無職なんてものは蛇蝎のように軽蔑されます。人は自らの長所を活かし、社会のために役に立ってこそ、価値のある人生が送れるという。荻生徂徠的に言えば、私達は明治国家を創った人たちの術の中にいるわけです。

結局人間は術の中でしか生きられないし、その術から出ようとすれば、術のそとにまた別の術を創ってそこに移行するだけ、結局たいして変わりがない。荻生徂徠は何らかの真理を語っていることになります。

荻生徂徠はやんわりとしたマキャベリズムを語る。



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日本という国はお金を稼いだだけでは評価されませんよね。

ある集団がお金を稼いで、そして日本という国で皆が認める貢献をして初めて、その集団は日本指導者層ヒエラルキーに参加できます。日本において社会的に認められたと実感するためには、この日本指導者層ヒエラルキーに参加する必要があります。このヒエラルキーの最上位に天皇制があるのです。

多くの新興企業のホームページでは、社会に役に立つ企業、とか、アリガトウを集める、とかのキャッチフレーズが前面に掲げられています。
例えば、
3097物語コーポレーションは、
私達は自らを磨き、自ら意思決定が出来る、「自立した人」を目指します
とあります。
6059ウチヤマホールディングスは、
人の喜びを創造する企業であること
とあります。
株主なんていうのは、成長性とかPBRとかそんなものしか観ていません。ではその偽善的なキャッチフレーズは何のためにあるのか。結局のところ経営者の、日本指導者層ヒエラルキーに参加したいという社会的な願望の結果です。

日本において何らかの集団の指導者は、天皇制を頂点とする日本的ヒエラルキーに参加しようとすることによって、自らを正当化し自らを励まして、日々のエネルギーを調達しようとしているのです。
天皇制というものはかなり開かれた存在で、このような多くの集団から力を付与されています。そしてそれぞれの集団は、天皇制ヒエラルキーに参加しようとすることによって、自らを鼓舞しているのです。
全体として日本は成長していくわけです。これはね、実にうまく出来たシステムだと思います。

しかし、真に自由な人間は、天皇制なんていうものを必要とせずに、自らを励まし自らを開放していくべきではないでしょうか。

まあ私のような日本的ヒエラルキーに何の関係もない、一介のブルーカラーがえらそうな事を言ってもどうしようもないことなのですが。
天皇制というものが、日本において実質的な存在価値があるということは認めます。しかし遠い未来に日本人が天皇制を越えたもっと普遍的な価値を見いだすであろうことを、私は期待します。








河上肇(1879-1946)は大正昭和の経済学者です。

戦前という時代は、年金制度も社会保障もなく、驚くほどの自由主義経済です。今で言うところの「自己責任」。現代よりかなりキツイ自己責任世界でした。
本書によると、人間が一日で必要なカロリーは3500カロリーらしいです。1899年のイギリスで一日3500カロリー以下で生活せざるをえない人が、成人の30パーセントに達するという統計があります。世界で最富裕のイギリスでさえこのありさま、遅れて資本主義に参加した日本は推して知るべし。河上肇はこのような世界の現状が道徳的に許せないと感じたのです。

人間は一日3500カロリーを摂取してその日その日を生存していればいいという存在ではない。人間は、生存する事によって知性を磨き、知性を磨く事によって道徳的高みに至るべきものである。肉体、知性、人格を出来うる限り開放する事が、人生における個人の目標である。河上肇はそのような事を本書で言っています。

この河上肇の意見は、現代から見てもそう見当はずれというのではないと思います。

一日3500カロリー以下で肉体もまともに維持できないのなら、自らの潜在的な知性、人格を開放するなんていうことは難しくなります。
しかし、知性、人格を開放するための明治維新だったのではないでしょうか。
明治国家の指導者層は河上肇の言葉に耳を傾けるべきだったのです。ゆっくりとでも自由主義の日本から社会民主主義の日本へと舵を切るべきだったのでしょう。

民衆の情念というものを無視して、日本のエスタブリッシュメントが自分達の貴族生活の維持に心を砕くばかりだった結果、最後は太平洋戦争。わずかの陣地を守るために、全ての陣地を失うという。

河上肇の語る社会民主主義論というのは、今から考えれば当たり前の論理です。しかし日本は資本主義の道程を急ぎすぎたのでしょう。昭和天皇や西園寺の智恵の進歩が、時代についていく事が出来なかった。昭和天皇や西園寺公望が普通の人間だったというのが悪いわけでもなく、日本が遅れて資本主義に参加したのが悪いわけでもなく、ただ現代の私達は太平世戦争の犠牲者に哀悼の意を表すのみです。


日本は明治維新以降国民国家として立ち上がり、太平洋戦争後も統一国家日本として経済発展に邁進してきました。
戦後も、日本は単一民族とか、均質な思考パターンの国とか、瑞穂の国、海に囲まれた島国とかその統一性を強調するような言辞にあふれていました。

ペリー来航以降ウエスタンインパクトにさらされた日本は、結局強く固まって、日本の独立を守るための苦難の歴史を歩んだのです。そんな歴史のテクストのなかでは日本人均質論というのが必要だったのでしょう。
しかしバブル崩壊から25年。低成長が必然となる中、一つの日本というものを強調する必要がなくなってくれば、多くの日本というものを語る余裕が出てきているのです。網野善彦の東日本と西日本の根源的な違いについての指摘とか、赤坂憲雄の東北学なるものとかは、このような歴史の流れの中にあると思います。

一つの日本というイデオロギーの霧が晴れてくれば、多元的な日本が姿をあらわしてきたという事なわけで、こういうことは日本の成熟だと思います。

日本は苦難の歴史を乗り越えつつある、という楽観的な認識を私は持っています。しかし世界はそうではないですね。西欧とイスラムの対立というのは、現状厳しいものがあります。世界のために日本とアジアの智恵を生かすときが来る事もあるのではないでしょうか。

遠い未来には。

私の職場には中島さんという72歳のおじいさんがいます。私の父親は20年前に死んだのですが、生きていれば中島さんと同じ年齢です。

中島さんは記憶力がすばらしく、昔の話を私にいろいろしてくれます。職場の他の人は、おじいさんの昔話なんてめんどくさがって聞こうとしないのですが、私は昔話というのが大好きなのです。特に好きなのが中島さんの父親と母親の話です。中島さんは昭和18年生まれですから、その父親と母親は戦前の昭和が自分の時代だったのです。

戦前戦後の東京の政治家に中島守利(1877-1952 )という人がいました。中島さんの母親は学校を卒業した後、その中島守利先生の家で住み込みの女中をしていたそうです。先生の家はとても大きくて、何人も女中さんが居ました。中島さんの母親は春から働き始めたので、ニックネームは「ハル」でした。
女性のグループが二文字のニックネームをつけて呼びあうのは戦前からある事なのですね。
中島さんの父親は、戦前野菜の行商で生計を立てていました。中島守利先生宅は中島さんの父親の得意先だったそうです。

ああ、そこで二人は出会ったのですね。

中島さんの父親と母親は、戦後、家でよく中島守利先生の話をしました。中島守利先生とその奥様はとてもいい人たちで、中島さんの両親にとても親切にしてくれたそうですよ。

その後は、

中島守利は昭和9年、京成電車疑獄事件で有罪で議員失格。戦後二度衆議院当選。
中島さんの父親は昭和36年、肝硬変で死亡。
中島さんの母親は昭和40年大腸がんで死亡。

中島さんは現在、成人した子供が二人、血のつながった孫が4人、血のつながらない孫が2人です。

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自由や民主主義という単なる理念で遠い外国まで軍隊を派遣するアメリカ。
もう100年もそんなアメリカを見ていますから、世界の警察としてのアメリカが当たり前のような気がしています。しかしよく考えると不思議ですよね。日中戦争で日本が中国を侵略したり、朝鮮戦争で北朝鮮が南に攻め込んだり、イラクがクウェートに侵攻したりしたとしてですよ、アメリカには直接的な害というものはないですよね。それでも正義を掲げて地上軍を派遣するという、アメリカは他の列強に比べて特異な行動をしてきました。しかしこのアメリカの特異な行動が現代では当たり前になってしまって、自由や民主主義という歴史から切り離された理念が、日本を含む世界で当然のこととして扱われています。

今アメリカはおとなしいですが、おそらく何年か経てば、自由と民主主義という理念を掲げてイスラム国に地上軍を派遣するでしょうね。まあそれを乗り切ったとして、中国は共産主義ですよ、これをどうするのでしょうか。

よく考えてみると、日本の戦後リベラルというものは、このようなアメリカの「力への意思」と「歴史から切り離された理念」が融合した姿から、「力への意思」を除去された「歴史から切り離された理念」だけが流れ込んで形成されたものですね。ですから戦後70年経てば内的エネルギーが失われて、戦後リベラルの言葉は空虚になってしまうのです。

日本のリベラルはどうすればいいのでしょうか。

これをイスラムと日本との関係で考えてみましょう。
日本の自由と民主主義の理念をイスラムにおしつける?
こんなことはムリです。
ではこうしましょう。
日本というものを全体として理解する。同時にイスラムというものを全体として理解する。そして日本とイスラムを巻き込むような新しい世界観を形成する。これはどうでしょう?
弁証法です。ヘーゲルです。これはかなり険しい道ですが、不可能ではないです。ただ戦後70年もたって、太平洋戦争すらトータルに理解できていなのですから、日本をトータルに理解するというのすら後何百年かかるか分からないです。ましてイスラムをや。

簡単に「理想」なるものには至らないのです。思いつきの理想を世界に押し付ければ、世界が平和になるわけではない。日本と世界について一歩づつ理解してそれを積み重ねて、未来において理想にいたるであろうというのが、現代におけるリベラルの態度ではないでしょうか。


2685アダストリアホールディングスの株主優待は、

10株以上 2,000円相当の商品引換券
100株以上 5,000円相当の商品引換券
1,000株以上 10,000円相当の商品引換券
5,000株以上 20,000円相当の商品引換券

となっていますが、単元株数が100株なのですから、10株優待って単なる客寄せみたいな感じですよね。

でも私自身それに引っかかってしまいました。アダストリアの優待が欲しくなって、今週現物で100株2685を買いました。
私、44歳なのですが、若いころは母親が買って来てくれた服を、母親が死んでからは妻が買ってきてくれた服を唯々諾々と着る人生です。ファッションなんかには何の興味もない。よくいると思うのです、そういう男性。

そんなおじさんでも別の世界を覗いてみたいと思うことはあります。セレクトショップというやつに行ってみたくなったのです。セレクトショップという言葉も最近覚えました。最近といってもごく最近です。一週間ぐらい前です。正直言うとセレクトショップの言葉の意味も明確には理解していません。

アダストリアを現物買したことを推進力に、今日川崎ラゾーナにあるアダストリアが展開するブランドの「グローバルワーク」に行ってきました。
そして買ったのがこれ。


ベルトですね。2700円でした。
セレクトショップ初体験の私でも、結構普通に買えるのですね。意外とあっさりしたものです。

時が満ちてアダストリアの優待がもらえたら、グローバルワークを再訪したいと思います。


評価額合計 31,924,393 円

今日、任天堂とドリームインキュベータを100万づつ信用で買って、信用買い1600万体制です。

ドリームインキュベータは去年2000円を超えてから3000円まで上げが加速したのが記憶に新しいです。その株が今再び2000円ですから、すごく美味しい気がします。
でも結局はドリームインキュベータの取締役でもないわけですから、ちらっと外見を見ただけの買い突撃みたいなことになるわけです。
この銘柄、なんか相性がいいなーみたいな。
何千マンとか何億レベルの投資家なら、その程度の感性投資で十分なのではないでしょうか。それ以上どうしようもないですし。


長谷川如是閑(1875-1969)

如是閑の評論は簡明で論理的、丁寧な文章で同時代を切るという感じで、きわめて好感が持てます。さらに明治、大正、昭和、戦後と生き抜いてその評論の時代的な幅広さというのも注目です。

官僚制というものはそれ自体が一つの体系になっています。時代が変わらなければ、官僚制国家もそのままで安泰なのですが、外部環境が変われば官僚体系も変化する必要が生じます。そもそも官僚とは国家が何らかの目的を果たすための道具なわけですから、国家の外部環境が変化すれば、官僚体系も変化するのは当たり前の話です。この官僚体系を規定するものというのは二通りあって、何らかの理想によって規定しようとするものと、歴史的な伝統によって規定しようとするものです。

大丈夫ですか? ついてきてくれていますか?

明治官僚制国家を理想によって規定しようとしたのは、福沢諭吉や自由民権運動、それに連なる皇道派、歴史的な伝統によって規定しようとしたのが、陸 羯南や三宅雪嶺、それに連なる統制派。分かりやすく色分けすれば、そういうことになるでしょうか。
長谷川如是閑はどちらかといえば、後者に属します。歴史的な伝統によって官僚制を規定しようとする場合大事なことは、歴史的な伝統とは何か、ということです。普通は楠正成だとか新田義貞だとか言うのです。しかし長谷川如是閑は違います。

長谷川如是閑にとっての英雄とは、「煮立てインゲンの爺さん」です。

長谷川如是閑が子供のころ、明治の半ばごろでしょうか、近所に「煮立てインゲンの爺さん」と呼ばれていた煮豆売りの老人がいたのです。その煮豆売りの老人は商売っ気とは全く別な興味をもって努力をしていて、理想のかまど、理想の火加減、理想の豆によって、最高の煮立てインゲンに到達していたのです。しかしその煮立てインゲンは一定の温度と一定の湿度によってその品質が維持されているわけですから、そのインゲンを味わう時間が限られています。少し早すぎても遅すぎてもその豆は真正の味を失うのです。
おじいさんは適当な時刻に釜から豆を移すや、裸足で家を飛び出し、

「にたてーいんげん」

と怒鳴りながら、町中を大急ぎで走るのです。グズグスしている客は置いてけぼりです。じいさんの走り出す時間は同じですから、客も時間になると豆用の容器をもって街角に立っているのです。買う方も売るほうも真剣です。

長谷川如是閑は、自分が教科書を創ったなら、この「煮立てインゲンの爺さん」の話を載せるであろう、そしてこのような人たちを「英雄」などというあたりまえの人間を軽蔑したような呼び方では呼ばないで、当たり前の人間同士が呼び合う名前で呼んだであろう、と言っています。

伝統から国家を規定していこうということは、突き詰めて考えれば繊細でヒューマンな事なのですね。現代の私達もこのような、誰にでも思い出の中に存在するであろう「煮立てインゲンの爺さん」を思い返すことによって、日本を少しでもよい方向に動かしていくことは可能であるのではないでしょうか。

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