magaminの雑記ブログ

2014年10月



近代天皇制というのは明治国家において何故あれほど強力なものになったのでしょうか。江戸時代においては天皇なんていうものは、そんなに存在感のあるものではなかったでしょう。

太平洋戦争末期、大日本帝国がポツダム宣言を受け入れるかどうかのギリギリの時、天皇制が存続できるかどうかで重臣達の間で議論になったことがあります。連合国は言うのです、戦後日本の国体は日本国民自身が自ら選択すべきものであると。大日本帝国の支配者階級にしてみれば、この程度の連合国の言質では天皇制の維持というものに不安があると考える人もいたでしょう。

しかし、昭和天皇は
「日本の国体は日本国民自身が選択するべきだ」
という、ある種アメリカの突き放したような物言いに対して

「それでいいではないか」

と最後の聖断を下したというのです。
この昭和天皇の何らかの確信みたいなものはどこから来るのでしょうか。戦後も天皇制が続いていますから、今は天皇が存在するのは当たり前だみたいな考えに成りがちなんですが、ギリギリの場面では当たり前ではないという考えが忍び込むということは十分ありえます。

例えばですよ、今の北朝鮮が連合国に降伏したとして、北朝鮮の国体は北朝鮮国民自身が選択すべきだといわれて、いまの金ナントかという将軍みたいなものが、

「それでいいではないか」

とはたして言えるでしょうか。

おそらく、明治のある時期において天皇制が民衆の精神の奥深くまで食い込む契機があったと思うのです。明治というものをもっとよく知る必要があります。今までは戦前の昭和をメインに考えていましたが、これからは明治にもウイングを広げていきたいと思います。




岸信介は戦前は東条内閣での商工大臣、戦後は60年安保の時の総理大臣であり、「昭和の妖怪」の異名を持つ人物です。

「岸信介の回想」という本は、岸信介が84歳の時のインタビュー集ですから少しは本当のことを言うかと思って読んでみたのですが、内容としては極めてあっさりしたものでした。戦後については言えないこともあるでしょう。しかし戦前については、あっさりながらも岸信介が話したことが真実であるとして、論理を組み立てても問題はないと思います。

岸信介は東大卒の商工官僚としてスタートします。戦前昭和において岸信介は、革新官僚すなわち統制経済を指導する官僚群の中心的存在にまでなります。まず何故岸信介が統制経済にかかわる事になったかというと、

大正15年たまたま立ち寄ったドイツで国家統制化の運動が盛んだった。その事を当時の商工大臣に詳細に報告したところ、その時は相手にされなかったのだが、昭和五年になってその報告が注目されるようになって、もっと研究しろ、ということになった。

だそうです。あっさりしたものです。何らかの信念があったあったわけでもないらしいです。さらに満州事変後、岸信介は満州国において統制経済の主導的役割を果たします。昭和十二年に満州において「満州産業開発5カ年計画」なるものが実施されますが、岸信介によるとこれはソ連五カ年計画のマルパクリだそうです。そう本人が言っています。満州産業開発5カ年計画というものは、理念とか理想とかそういうものから導き出されたものではなく、必要に迫られてソ連から計画だけパクってきた、とそういうことになります。
さらに、岸信介は太平洋戦争開戦時の商工大臣だってのですが、太平洋戦争開戦について聞かれて、

われわれ文官はあれこれ言う立場にない。結論は外交と軍部に任すしかないという気持ちだった
今から考えてみても、一部の軍人に主導されたという訳でもなく、やはり石が坂道を転げ落ちるという情勢でしたね

と答えています。あっさりしたものです。あの戦争で日本人が300万人死んだのですよ。原爆が2発も落ちたのですよ。私の母方のおじいさんはラバウルで死にかけたそうです。

だから岸信介が悪いというわけではないです。岸信介は官僚として時代の要請に全力で応えたということなのでしょう。
岸信介は語っています。東条英機さんはこんな人だったとか、木戸幸一さんはこんな人だったとか、近衛文麿さんはこんな人だったとか。想い出を語るかのようです。
結局太平洋戦争なんていうものは、誰かがどうであれば防げたなんていうレベルのものではないのです。岸信介でさえ当時戦争を意識的に理解するなんてことは出来ていないのですから。



私にとっての株主優待ベスト銘柄は 7616コロワイド です。

そもそも居酒屋銘柄というのは優待利回りが高い銘柄が多いです。さらにこのコロワイドは、株主になると株主カードが送られてきて、3ヶ月に一回10000円分がそのカードに振り込まれるという形式になっています。実際にコロワイドの店舗で利用するなら、これは本当に便利です。端数まできっちりと使えますし、カード振込み方式ですから権利確定すればすぐに振り込まれます。金券郵送方式だと権利確定の後忘れたころに送られてきますから。
せっかちな人にはぴったりです。
「権利確定バンザーイ、コロワイドへGOー」
みたいな事が可能です。

ただこのコロワイド優待にはマイナスポイントもあります。

株価1274円、株主優待権利500株ですから、総額637000円とちょっと高いです。年40000円分優待ですから利回り的には悪くないのですが、居酒屋株に60万というのは抵抗がある人もいるのではないでしょうか。

さらに、なんせコロワイドは居酒屋銘柄ですから、定期的に一緒に行ってくれる相手が必要です。一人で行くということも可能でしょうが、年4万の優待ですから、お一人様なら年に20回はコロワイドに通う必要があるでしょう。とても精神的にもたないですね。

もう一つコロワイドが展開する居酒屋は、低価格居酒屋といって値段は安いでしょうが客層はそれなりです。わざわざ電車で行くというほどのものではありません。居酒屋に行くのですから車では行かれません。優待消化なのですから、会社帰りに同僚と飲むというのには使いにくいですね。結局使える状況にある人というのが、かなり限られてきます。

よく人気の優待銘柄なんていう記事がありますが、優待というのはいかに自分にあった銘柄を集めるかというのが大事だと思います。

昭和二年、森恪 は東方会議を開く傍ら、鈴木貞一、石原莞爾、河本大作らと談合し、満州の今後について語り合ったという。

その後河本大作は張作霖爆殺事件、石原莞爾は満州事変、を起こすわけです。満州での動乱が結局日本を太平洋戦争に導く導火線になったことを考えれば、この四人組の果たした役割は大きかったという事ができます。彼らが悪いという事を言いたいのではありません。この当時、大日本帝国のあちこちで政治的基盤のない自分の能力だけが頼りの人たちが、大日本帝国の枠組みを破ろうと蠢動していたのだろうと思います。

大日本帝国なるものの最も弱い環はなんだったのでしょうか。それは満州利権だったのではなかったでしょうか。当時、台湾や朝鮮はほぼ日本に組み込まれていましたが、満州において日本の利権はきわめて脆弱です。日露戦争の犠牲を払いながら日本が獲得した満州における利権というものは、長春 - 大連間の鉄道とその付属地なるもののみ。これでは中国に統一政権が出来てしまえば、簡単に回収されかねないものです。石原莞爾、河本大作などは、この大日本帝国の最も弱い環を破る事で、運よく最も早く自分を表現した日本人である、といえるでしょう。

自分の可能性みたいなものを諦めて田舎で静かに暮らすのが自分の人生であると考える人は、徳川幕府の枠組みでも明治政府の枠組みでも、何でも受け入れていけばいいでしょう。しかし時代が進んでいけば、不完全な枠組みに満足できないという日本人が増加するのは当然ではないでしょうか。自分には可能性があると魂が語りかけてくるのです。枠組みを破らずに何の生きる価値があるでしょうか。

太平洋戦争に至る道というのは、大日本帝国の枠組みを破ろうとする時勢の結果だと思います。
今の日本というのは、かなり自由な世界だと思わないですか。それは当たり前のことではなく、太平洋戦争という非常手段によって日本人が自ら勝ち取ったものだと私は思います。この考えには異論が多いであろうとは思いますが、しかし全ての事を説明するのに一番ぴったりとした歴史観だと思います.

丸山真男がかたる福沢諭吉は本当にいい。優しくて誠実な丸山真男の言葉が、福沢諭吉にこびりついた偏見をキレイに拭い去ってくれています。

福沢諭吉の論理には二つの焦点があります。ひとつは、文明というものは漸次進歩してやがては国境すらない世界がやってくる、というもの。もうひとつは、国境すらない世界が現出するまでは日本は独立国として日本らしくあるべきだ、というものです。この二つのテーゼは厳密に言えば相反するものですが、文明はゆっくり進歩する、のこの「ゆっくり」に重点を置く事によって、「文明と日本」すなわち「普遍と個別」を両立させようということなのでしょう。

これはじつに誠実な精神的態度であると思います。目の前にとろいヤツがいて、コイツに数学を教えなくてはいけないとします。いきなり編微分から教えるでしょうか。足し算から教えるでしょう。

ひどいたとえで申し訳ないのですが。

その国の文明度というのは漸次進歩する。文明度にふさわしい社会制度を持っている国は幸せです。日本は明治維新と太平洋戦争の敗戦という二度の革命によって、現時点でまずまずの文明レベルに達しているのではないでしょうか。
中国は香港問題をどうするのでしょうね。また天安門みたいなことになるのでしょうか。いいかげん中国政府は学習しなくてはいけない。弾圧してその場はうまく行っても、やがてまた自由をもとめる声がどこからともなく湧き上がってくるのです。民衆を押さえ込むのではなく、中国政府自らが変化するしか道はない。

福沢諭吉のいう「文明と個別国家の両立」という哲学は、色あせることなく私達の眼前にあるのです。

近代化とは何かというと、福沢諭吉的に考えると、国の中に多くの価値観が並立していると国民に自主独立の精神が現れてくる、多くの価値観のさらなる相克が国民の自主独立の精神をさらに前進させる。国民精神の自主独立的気風の増進が文明化であり近代化であるということです。

日本が早くから近代化した理由というのは、いろいろ言われています。武士の精神が近代化の困難を乗り越えるのに役に立ったとか、江戸時代にはもうかなり日本の生活レベルは高かったとか、そもそも日本民族が優秀だとか。このような意見は事実かどうかというのも判然としないうえに、たとえ事実だとしてもただそれだけの話であって、今の日本とあまり係わり合いのないような行き止まりの論理なのです。

福沢諭吉は近代化の根源を、多くの価値観の相克による自由の増進、と定義します。そして日本には幕府と朝廷という二つの価値観の並立があり、その二つの価値観の相克によりある一定の精神的自由が存在した、というのです。中国や朝鮮の神政府一本槍の国より日本は恵まれていたというわけです。
幕府と朝廷とに精神的権力が分裂していたのが日本近代化の理由であり、歴史的権力の分裂は近代日本にとって幸運であったわけです。この福沢諭吉の日本近代化理論はまだまだ掘れそうな感じてす。行き止まりの論理ではない。網野善彦の日本史観というはここに連なるものではないでしょうか。

福沢諭吉の信念のような確信のような、多くの価値観の相克が自由を増進させるという考え方は、現代においても全く色あせていないと思います。

ただ、19世紀末にはすでに西洋国家システムなるものが存在していて、日本はそのバスの最後の乗客としてギリギリ乗車する事ができました。理論的にはいろんな近代化のスタイルがあるでしょうが、事実上は西洋国家システムに参加する以外に国家が近代化する方法というものは存在しなかったということは考慮に入れておかなくてはならないでしょう。

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丸山真男は福沢諭吉を理解してくれてるんですね。

周りの人間に福沢諭吉の話をするとみんな拒否反応を示します。吉田松陰の話もウケがよくなったですが、福沢諭吉はそれ以上です。福沢諭吉のイメージがよくないのでしょうね。学問のすすめだとか、脱亜入欧だとかはなんとなく古臭いのでしょう。

でも福沢諭吉を実際に読んでみれば、全然そんなことない。文明論之概略はユーモアと卓見と斬新な思想にあふれたすばらしい本です。脱亜入欧とかいうのも、韓国や中国に日本と一緒に西洋文明の中に飛び込んで頑張っていこうと誘っていたのに、韓国や中国はやる気がないから日本だけで頑張っちゃうよという宣言です。これ、脱亜入欧というのは非難されるほどのことではないです。改革開放とか漢江の奇跡とか結局中国も韓国も入欧しているわけですから。

文明論之概略のなかでの福沢諭吉の明治維新論といのは斬新です。その明治維新論というのは、徳川の長い太平の中で人民の知徳が高まり、日本人にとって社会の枠組みが手狭になってその結果社会変革の革命として明治維新が起こった、というものです。
この福沢諭吉の明治維新論に丸山真男は、
「今読んでみても、ここに書いてあることにそんなに見当違いな点はありません」
と言っています。

でました。丸山先生のお墨付きでました。

基本、「文明論之概略」という本はきわめて分かりやすい本です。明治初期の本ですから言葉遣いなんかは古色蒼然レベルなんですが、論理は明快、例えもふんだん、問題意識は現代的というのですから、丸山先生の解説は必要ないっちゃあ必要ないわけです。しかし埋もれた名著を丸山真男が現代に引き上げたとしたなら、「文明論之概略」を読むという本はある種の価値があります。

丸山真男が福沢諭吉に共感を覚えた理由というのはなんとなく分かります。もちろん福沢諭吉の思想がすばらしいというのが第一でしょう。さらにいえば、福沢諭吉は江戸と明治を均等に生きて
「一身にして二生を経るが如く」
と言っています。一生の間に二度の人生を体験したようだ、という意味でしょう。丸山真男も戦前と戦後を均等に生きて、まさに一身にして二生を経るが如く、だったのでしょう。明治維新と太平洋戦争の敗戦というのは、パラレルになっているのです。

福沢諭吉が語る明治維新の原因とは、

徳川300年の太平により日本人総体の知徳が増大して、日本封建制の枠組みが日本人にとって窮屈になった。そして日本人自らが明治維新によって日本人の新しい枠組みを獲得した、

というものです。

私は昭和初期にも同じ事が当てはまると思います。太平洋戦争の敗戦というのは、日本人が意識せずに自ら選んだ日本の社会構造を変革するためのやけっぱちの戦略であると。

合理的に考えれば、あの戦争は不思議な事だらけです。事実だけを遡れば戦争を主導した中心人物なるものは判然としない。アメリカの国力を知っている人間には、アメリカと戦って勝てる道理はないというのは明らか。戦前あれだけ皇国史観とか言っておきながら、戦後進駐軍が来ても日本人はきわめて従順。
あの戦争の原因についてすべてを一括して説明する論理というのは、福沢諭吉の明治維新理論を転用したものが一番しっくりくるのではないでしょうか。

憲法9条の存在理由というのはいろいろあるでしょうが、一番大きいのは戦前の過ちを繰り返さないということでしょう。戦前のように日本の軍事力を横領してしまうヤツが現れるかもしれません。しかし軍事力を持っていなければ、そんな心配は無用です。

しかし太平洋戦争を日本人が自らを解放するための非常手段だった、という福沢諭吉流の解釈をすると物語は変わってきます。
日本は明治維新と太平洋戦争の敗戦という二度の革命で、かなり文明的で現代的な国民精神の枠組みをもつ国家になったのだと思います。今の日本に何らかの精神的な自由が大いに不足していると考えている人がいるでしょうか。精神的な悩みのある人もいるでしょう。でもそれは突き詰めて言えば世界は自分の思い通りにならないというレベルのもので、それは悩みというより病気です。二度の精神の開放で現代の日本人はかなり自由になった。さらにですよ、普通に考えて、周りを見渡してみて、今の日本が海外に対して侵略戦争なるものをやりかねないなんていう兆候があるでしょうか。

日本はすでに歴史的にみても、侵略するより侵略される方を心配すべき国になっているのではないでしょうか。憲法9条は残念ながら必要ないのではないでしょうか。
私は政治的には中道より少し左だと思います。能力を発揮できない環境にいる人たちには国が大いに手を差し伸べるべきだと思います。人間の善意というものを信じています。社会民主主義という言葉を聞くと少し癒された気持ちがします。しかし憲法9条は必要ではないと思います。

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福沢諭吉の明治維新理論というのは、日本人の知徳が増加した事によって今までの日本社会の枠組みが日本人にとって窮屈になった結果だ、というものです。明治維新を導いた人たちは誰かというと、「知徳ありて銭なきひと」となります。

太平洋戦争の敗戦は、明治維新と同じように戦前の日本社会の枠組みを壊し、日本人を解放する結果となりました。太平洋戦争は明治維新とパラレルになっているのではないでしょうか。太平洋戦争を福沢諭吉的に考えると、大正デモクラシー、議会制の存在、出版の発達により日本人の知徳が増加して、日本人にとって日本社会の枠組みが窮屈になり、そのことによる現状に対する不満が、日本の変革を目的として日本を太平洋戦争に突き落とした、ということになります。そして太平洋戦争を主導した人は「知徳ありて銭なきひと」ということになります。

明治維新において「知徳ありて銭なきひと」というのは下級武士でした。では戦前の昭和において「知徳ありて銭なきひと」とは誰だったのでしょうか。

官僚それも革新官僚といわれる人たち、参謀本部、軍令部の高級将校、新聞社の上層部、このあたりではないでしょうか。このような人たちが、いろいろなやり方で貴族院、財閥、重臣、地主、などを煽り倒して結局自滅の戦争にいたるわけです。

現状に不満で自由を求めているのに、尊皇攘夷のような逆の主張をして現状を打破しようとする。結局それがうまくいくものだから、後から考えて何がなんだか分からなくなる。そういうことではないでしょうか。

新聞が、戦前は戦争を散々煽っておきながら、戦後は一転反戦に転換するのも「予定の行動」とも考えられます。もちろん彼らが意識してそのような行動をとったとは考えにくいですが、うすうすは気がついていた人もいたのではないでしょうか。

気がついていても死ぬまで言えないよね。日本を解放するためとはいえ日本人が300万人も死んだんだから。

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